2012年10月30日

門番 追夢人 の Facebook

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2012年10月17日

伊豆高原の大室山の西の秋空には天使雲!♪

伊豆高原の大室山の西の秋空には天使雲!♪

天使雲 2012/10/08AM2


天使雲 2012/10/08

天使雲 2012/10/08AM1

天使雲 2012/10/08 AM
2012/10/8 天使巡礼天使堂のエントランスからデジカメで撮影した画像。



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2012年10月15日

Madonna and Child Enthroned with Angels

Madonna and Child Enthroned with Angels

Madonna and Child Enthroned with Angels
Workshop of Bernardino Luini
 (Italian, Milanese, circa 1485–1532)
Oil on panel, mid-16th century
Brooklyn Museum



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2012年09月25日

販売戦略のアートの評価基準に飛びつく?

産業や経済優位の社会では、アート作品の価格が相当高額で、かつ大手メディアにも露見し、ローカルな美術館にも展示されるほど有名で、その他の作品集や販売促進グッズなども量産されていれば、それらを作品やアーティストの高い?評価の基準にしているという人たちには、業界人以外の一般の人にも、とても多いように思える。

それらを基準にしている人たちは、大資本の権力者の一個人や少人数の好みで、資金力にものをいわせて、プロモートしているに過ぎない有名な、あまたある現代アートがお好みなのだろう。

たぶんそういう人たちは、作品以外にも、駆け出しの早い時期から作品集等の印刷物、フィギュアのストラップ等のキャラクター販促グッズなど、最近の、セット商品の販売戦略で売り出して、少し人気が出たら、一気に作品を高額にしたりする見せかけの売れっ子有名作家に、喜んで飛びつくのだろうな。


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2012年09月24日

手描きの油絵の色彩とデジタルデータ化による再現性

手描きの油絵の色彩は、顔料の違い以外にも、表面には筆跡や塗り重ねなどの凹凸があるから、反射光の角度により微妙に変化する。

混色なら人の目に届くまでに干渉しあって多様に変化することだろう。

また照明の種類により波長は異なるし、自然光なら天候や季節や時刻によっても異なる。

室内にある壁など環境からの色の反射もあるので、肉眼は様々な影響を受けることになる。

また多くの人は両目で、様々な角度や距離から絵画の色を知覚する。

ある光源で、図柄ができるだけ歪まない様に絵画の平面の中心から垂直に離れたある一点から、単焦点レンズのカメラで撮影した写真では、次元が全く異なるから、たとえデジタルデータで色を忠実に再現したつもりでも、実際の油絵から受ける印象とは大きく異なる。

更にそれを高性能なプリンターで出力しても、表面の凹凸まで、同じ素材でなければ、分子レベルまでは再現できない。

そもそも、色ひとつをとっても、カメラでの撮影時に元絵のオリジナルの色が忠実に写し撮られたという確認は厳密にはできない。

それはせいぜい近い色で撮影者が妥協しているに過ぎない。

デジタルカメラのハードと内臓プログラムの性能がいくらよくても、保存した撮影画像のデジタルデータの出力の、ディスプレーやプリンターなどのハードやソフトの性能がそれ以下なら、意味が無いということも考慮しないと、無駄な経費と労力を費やすことになる。

そもそも、あるメディアに保存したデジタルカメラの撮影データなど、いつまで保存できるのか?

デジタルデータを長期間に渡って保存できたとしても、いつまでそれを再現するためのハードとソフトが存在するのだろうか?

デジタル技術の高性能さに目を奪われがちではあるけれど、そのほとんどが外部環境に依存している。

それも栄枯盛衰の激しい技術産業であることのリスクを考慮しておかないと十年も経たないうちに利用できなくなる場合も経験上あり得る。



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2012年09月16日

迷子

庭仕事をしていたら、お隣の元貸別荘、南大室ヴィレッジで、幼猫が鳴いている!

きっと母猫を呼んでるんだ!

幼猫の鳴き声をきくと、八年近く前、南大室台別荘地入口で、助けを乞うように鳴いていた、まだ乳離れしてない迷い猫?を見捨ててしまった時の悲痛な叫び声を思い出してしまうから切ない。

しばらくほおってはいたが、「みゃん!みゃん!」呼んでいる。

まさか捨て猫か?と気になって、道路に出て鳴き声のする方へ様子を伺った。

すると遠くの路肩から鳴きながら小さな姿が現れ、ちょこちょこ道路を渡った。

その直ぐ後から母猫が現れた。我が子を呼んだのだろう、幼猫は引き返す。

道の真ん中で顔に皺を寄せながら、ゆっくりと母子が向かい合う。幼猫は顔を舐められて、ほっとしたことだろう。

連れだって来た方へ少し引き返すが、直ぐに母猫は幼猫の頸を咥えて植え込みに消えて行った。

何年振りだろう?母猫が子を咥える姿を見るのは!

我家の老猫が生まれた時以来二十年振りだった。



2012年08月18日

Cupid Finding Psyche Asleep by a Fountain


Palace Green Murals


Cupid Finding Psyche Asleep by a Fountain

(Palace Green Murals)
 
Edward Burne-Jones (1833-1898)
Oil on canvas, 124.5x119.5cm (1872–1881)
Birmingham Museums and Art Gallery



2012年08月14日

自己表現と受注制作のはざま

自己表現と受注制作のはざま

 イラストレーターのイラスト制作は、資本力のある注文主を大前提にし、その完成作品が主に印刷物というところに特徴がある。印刷物は量産され廉価にできるため、既に存在する顧客市場に乗って普及しやすい。

 イラストの完成作品は、例えば、小説の装丁画や挿絵など第三者との共作であったり、または、広告や商品パッケージなどの一部に使用されたりするので、イラストレーターのイラストが独立した作品として制作されることは基本的にない。

 また、画家の作品制作には、作品の受け手としての他者を前提にしながら、内発的な動機を端緒とする自己満足を最優先した自己表現の創作と、発注者としての他者の要望を優先しながら、多かれ少なかれ自己表現との妥協点を見い出す創作とがあり、後者は、例えば、教会や寺院などから宗教画の依頼などの受注制作である。

 イラストにしても、受注制作の絵画にしても、少なくとも発注者を満足させねば成立しないという点において、創作力や高度な技能の実力が制作者の大前提となるので、少数精鋭にならざるを得ないが、職業として継続できている場合は、知名度と社会的評価を伴っていることが多い。

 一方、自己表現を主とする個人的な創作は、その気になれば誰でも始められるが、作品は一点物の場合がほとんどで、また数も量産に限界があり、その作品に共鳴する購入者も、限られた極少数の一個人になるので、その作品販売の収入のみで生活を支える職業として成立させるには社会環境のハードルは極めて高いといえる。



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