ヨーロッパの聖母像とのシンクロニシティAllegory of Vanity

2008年07月30日

黒い聖母とのシンクロニシティ

 今回は、前回の記事「ヨーロッパの聖母像とのシンクロニシティ」でお約束した「黒い聖母」とのシンクロニシティについて書きます。
 「ヨーロッパの聖母像」とは、画家の藤間清さんの「ニュルンベルク国立美術館の聖母の模写」(1990年)のことで、7月26日にヤフ○クで落札した水彩画でした。
 実はその2日前の7月24日に『手描きの聖母マリアのガラス絵』もヤフ○クで落札していたのです。その聖母について、出品者の説明には「黒い顔のマドンナと呼ばれている超有名なポーランド全国の信者が 崇拝 (キリスト教で正しくは崇敬)している聖母マリアの絵をモチーフにした民芸品」とありました。
 手元に届いた翌日の7月29日、その民芸品の「聖母マリアのガラス絵」と、その原画、ポーランドにある聖地チェンストホーヴァの僧院ヤスナ・グラに納められているテンペラ画「Our Lady of Czestochowa」 (c1434)の画像を、フリー百科事典『ウィキペディア』で「ヤスナ・グラの聖母」より抜粋した説明文とともにアップしていました。
 このイエスを抱いた「ヤスナ・グラの聖母」の顔は僧院に火を点けられた時の煤で黒くなっているので、「黒い聖母」の異名で呼ばれていること、また、チェンストホヴァ市がシロンスク県きっての観光地の一つであり、小さなニュルンベルクの異名を持っているというのが説明内容です。
 この小さなニュルンベルクの異名からも、画家の藤間清さんの「ヨーロッパの聖母像」(1990年)につながり、調べているうちにドイツのニュルンベルクがアルブレヒト・デューラー(1471-1528)の居住地と知ることになりました。
 7月25日にアップしていたワッツの「The All Pervading」というタイトルの画像で、天使の膝に乗せているものについて、7月27日(日)の午前中に、ブログ『Quo Vadis イメージの奔流』のFu Shuseさまにいただいたコメントから、デューラーの「メランコリア」の球を想い出していたこともあり、改めてニュルンベルク国立美術館の聖母の模写の右手の球を再認識できたのでした。というのは、それまで聖母の模写の右手は、杖の柄を被せる様に持っているふうに見えていて、球を持っているふうには観ていなかったからなのです。

伊豆高原【天使のいる回廊 天使巡礼 天使堂】追夢人とシンクロニシティ
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 さて、余談になりますけれど、前回の記事「ヨーロッパの聖母像とのシンクロニシティ」で皆様にお願いしておいたことを覚えていらっしゃるでしょうか? 7月27日(日)の午後遅く、Fu さまのコメントにお返事を書き終えてから、散歩に出かけた話の続きです。
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 その後、新しくできた小さな古本屋さんに立ち寄ったのですけれど、一緒にいた連れ合いが、講談社学術文庫の『黒い聖母と悪魔の謎(大文字版)』馬杉宗夫著(2007年11月10日第1刷発行)というのを見つけてくれました。オッツ!と値段をみると定価本体900円(税別)の半額以上でした。ブック○フで105円でないと買わないセコイ追夢人はろくに中身も見ませんでした。
 その後、ブック○フにも行ってみましたけれどありませんでした。その日は代わりに105円の講談社文庫の『ロマンティック街道』若月伸一著を見つけたので買って帰りましたが、『黒い聖母と悪魔の謎』がやはり気になって、昨日の7月29日にまたわざわざ小さな古本屋さんへ買いに行きました(爆)
 買った後で、もしや!と思いよく中身を見るとなんと見覚えが…ッ! 『本書の原本は、1998年7月、「講談社現代新書」として刊行されました。』とあるではないですか! それもう何年も前から持っていて、ちゃんと読もうと想って天使堂に置いてあります。
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 第四章 謎の黒い聖母像、第六章 目隠しされた女性?シナゴーガ表現、第七章 「葉人間」の正体、第八章 怪物ガルグイユの象徴的意味は読んだ記憶があります。でも内容はよく覚えていませんし、不備なところには手を入れてあるとのことなので、もう一度、確り読むことにします。
 ところで、第四章の謎の黒い聖母像は、主にフランス中央高地に多く見られる黒い聖母像についてであり、ケルトのドリュイド教信仰、ある種のアニミスム(霊魂崇拝)、土着の民間信仰との衝突を避けるため、この地の聖母マリアは土着の地母神との一致が求められ、あえて黒く塗られたのではないかと考えていて、キリスト教以前の地母神崇拝と、キリスト教のマリア崇拝 (正しくは崇敬) との同化という観点から書かれているようです(^^;
 なのでポーランドの「ヤスナ・グラの聖母」との関係までは書かれていませんでした。
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この記事へのコメント

7. Posted by 追夢人(ついむと)   2008年08月02日 23:47
Fu さま こんばんはー(笑)
下のコメントの続きです。
>クリストフォルス=キリストを背負うもの
子なき爺い(爆) 受けましたよー(笑)
ところで、7月25日って、聖クリストフォルスの日だったのですね!
そして見つけました!
Fu さまの『葦間の風 Quo Vadis 別館―アイルランド滞在記 in 1992―』で「聖クリストフォルス」のステンドグラス♪
>世界球さがしの旅の始まり、始まり?♪
Fu お嬢さま! 沙悟浄もお供させてくだチィ(爆)
>モンセラートの朱い本およびモンセラートの黒い聖母のキーワードでブログを訪れて下さる方は結構多いです!
そうですか!
スペインのモンセラートの黒い聖母でしょ♪
フランスのロカマドゥールの黒い聖母でしょ♪
ポーランドのチェンストホーヴァの黒い聖母でしょ♪
キーワードだけでもペタペタ貼りめぐらせようかな?(笑)
朱い本は…、えっと、{譜面} は苦手なんですけれど…(^^;
6. Posted by 追夢人(ついむと)   2008年08月02日 16:09
Fu さま
こんにちは!
いつも再コメントをいただけて嬉しいです♪
>キリストが持つものという思い込みがあったので、気づいていないだけかもしれません。 聖母の肩の★が見えていなかったとの同様(笑)
>わたしもこれから気をつけてみてみるようにしてみます。
 そうですか!♪ Fuさまにそう仰っていただけると心強いです(笑)
追夢人は、球はまるい球だなぁくらいで、世界球も、サルヴァトール・ムンディの言葉も意味も知らなかったので、今まで全く無頓着でした(^^;
 今まで、マリアさまや、聖母子に関心がありましたし、キリストも、成人したキリストより、強いていえば、幼子イエスでした。それも、お顔の表情にばかり気をとられていましたので、世界球が描かれている聖母子の絵があったとしても気が付かなかったのだと思います。
 「Salvator Mundi」で画像検索すると、Fu さまに教えていただいた「救世主としてのキリスト」と同じ図柄で、Albrecht Durer (1471-1528)の絵(1504)とか、直ぐに見つかりましたが、マリアさまは見つけられませんでした。
 それに、今まで画像を探す場合、彫刻などの立体の写真画像は著作権の問題が壁となるのでほとんど見過ごしていました。
 というのは、改めて聖母子(Madonna Mit Kind)を画像検索して、彫像の画像をいくつかみてみると、世界球をもつ幼子イエスを見つけるのはそう難しくはありませんでしたから。
 世界球をもつ聖母子は、絵画より彫像に多いのかな?という印象をもちました。
5. Posted by Fu Shusei   2008年08月02日 01:09
こんばんわ!
>追夢人も聖母だけが世界球を持つ画像に気をつけるようにしてみます。
キリストが持つものという思い込みがあったので、気づいていないだけかもしれません。 聖母の肩の★が見えていなかったとの同様(笑)
わたしもこれから気をつけてみてみるようにしてみます。
>幼子イエスが乗っていて、その左手にも世界球がありました。
クリストフォルス=キリストを背負うもの
肩にのせた幼子がどんどん重くなっていきます。幼子はいいます。
「それは重かろう。何故ならおまえは全世界を背負っているのだから」
幼子はキリストだった。(子なき爺いではなかった←オイ)
世界球は、サルヴァドール・ムンディと同時に、その言葉を象徴しているのだと思います。
世界球さがしの旅の始まり、始まり?♪
モンセラートの朱い本およびモンセラートの黒い聖母のキーワードでブログを訪れて下さる方は結構多いです!
4. Posted by 追夢人(ついむと)   2008年08月01日 03:05
Fu さま
下のコメントの続きです♪
>聖母の手に球とは不思議な組み合わせです。
そうなのですか? 不思議というお言葉に少し不安になります(笑)
模写の聖母は、杖のようなものを右手を被せるように握っているようにも見えるので…(^^;
 追夢人の持っている「聖なるなたち?後期ゴシックの木彫と板絵 アーヘン市立ズエルモント=ルートヴィヒ美術館所蔵1994」という冊子の61頁に載っているのは、南ドイツ地方の「三日月に立つ聖母子」ですけれど、16世紀中期の菩提樹の木で彫った立像の聖母は、胸のところに肘を曲げて右の掌に世界球を持ち、左手に抱えられた「裸体の幼子イエスは、世界球への興味もあらわに、上半身をその方向へ傾けて」、両手を伸ばし、左の掌は世界球に添えられています。「」内は解説からの引用です。
>いつか模写のもととなった作品をこの目で確かめたいところです。
模写の聖母は、絵ではなく彫像のような気がしています。
またニュルンベルク国立美術館いかれたときには是非(笑)
追夢人も聖母だけが世界球を持つ画像に気をつけるようにしてみます。
>手に球を持つ図像といえば、まずは「サルヴァ(ウァ)トール・ムンディ(世の救世主)としてのキリストです。たとえば、こちら↓(ウェイデンの作)
>大天使ミカエルが手にしていることもあります。
 ご紹介ありがとうございます♪
 世の救世主としてのキリスト! サルヴァトール・ムンディ っていうのですね!
 勉強になりました♪ 注目したのは共通して左手で持っているところですけれど…。
 先の冊子の137頁には、ニュルンベルクの「聖クリストフォルス」(1490-1500年頃)で、右手に粗削りの棍棒を握りしめて川を渡ろうとしている彼の左肩には、幼子イエスが乗っていて、その左手にも世界球がありました。
 しかし、ズエルモント=ルートヴィヒ美術館の最も古い彫刻作品という63頁のケルンの「玉座の聖母子」(1170年頃)では、マリアの左手に支えられ、マリアの左腿の上に姿勢を正して行儀よく座っている小さなキリストは、左手に本を、右手に世界球を持っていたりしています。
3. Posted by 追夢人(ついむと)   2008年08月01日 01:27
Fu さま
下のコメントの続きです♪
>私も一度だけ黒い聖母について書いています。
 2006年12月15日の記事「モンセラートの朱い本と黒い聖母―賛美と熱狂 I」ですね。
 2006年12月は未だFuさまとお知り合いになる前でしたね。それでもFu さまのブログ記事は最初のほうの記事から一応は拝読させていただいたつもりでしたが、見落としていたようです(^^;
 モンセラートはスペインのバルセロナ近郊の岩山にある巡礼地なのですね。
 「ヤスナ・グラの聖母」はポーランドの聖地チェンストホーヴァで、馬杉宗夫さんの『黒い聖母と悪魔の謎』ではフランスのロカマドゥールとか、ル・ピュイとか。黒い聖母でも場所がシンクロしてないのが可笑しい!
 
>ある読者さんから黒い聖母についての情報をいただき、その同じ日に別の読者さんからのメールにそれとは別の黒い聖母の話が出ていて、「ひえ?」となったことがありました。
 まさにFu さまと黒い聖母とのシンクロニシティだったのですね?♪
 Fuさまの記事では、14世紀のの歌曲集『モンセラートの朱い本』についても触れられていましたね。
 追夢人は音楽は疎いので、黒い聖母と音楽にも関連したお話では、プログ『読書 この秘密の愉しみ』の2007年4月20日の記事 「モンセラート修道院の黒いマリア」をご紹介します。
 そのなかに音楽のカセットテープの話がありまして、Fu さまとよく似たような経験をされていらっしゃるように想います。それで、そのブログの方に今年の5月頃、Fu さまのブログを紹介しましたら、「Fuさまが紹介していらっしゃる、ペルゴレージのスタバート・マーテルは自分も非常に思い入れのある曲です。これについては長くなりますので、混乱した頭を整理してから、拙ブログの方に書きたいと思います。」と追夢人の手作りランプとブログで2008/05/29にコメントをいただきました。ただ、その後、プツンとブログの更新をされてないので、気になっているのですけれど…。
2. Posted by 追夢人(ついむと)   2008年07月31日 19:42
Fu さま
こんばんは♪
いつもコメントありがとうございます♪♪
>「聖母崇拝」…誤
>…カトリック的立場においては、マリアは女神ではなく、神を生んだ母という立場(…)ですので…「崇敬」となります。(聖人も同様です)
>そのあたりが世の中でよく誤解されているので、草の根運動でネチネチ誤解を解いていこうと思っています(笑)
そうでした{すいません} 以前にもFu さまから教えていただいておりましたのに、間違えてしまって大変失礼しました。ごめんなさい。
Fu さまに教えていただいて曖昧だったものがスッキリして以来、追夢人は聖母をとても崇敬しているのに、すみませんでした。
抹香の香りは好きですし、認識を新たに「草の根運動」に協力したいです。
聖母崇敬ですよー♪ 皆さん! 間違えないでくださいねー(笑)
>聖母と球とニュルンベルクを巡る不思議な連鎖の物語。
>自分もかかわっているとは何だか不思議な感じですね(^。^)
黒い聖母と異名をもつ「ヤスナ・グラの聖母」の地、チェンストホヴァが、また小さなニュルンベルクの異名をもっていたとしても、画家の藤間清さんの模写「ヨーロッパの聖母像」がニュルンベルク国立美術館の聖母ということだけなら、ニュルンベルクとのシンクロ二シティに過ぎませんでした。
 もしニュルンベルクにデューラーが住んでいたことを知っていたとしても、同時期にFu さまのワッツの天使の膝に乗った球についてのコメントをいただいていなければ、デューラーの「メランコリア」の球を想い出すこともなく、模写の聖母の右の掌は杖の上に伏せたままだったでしょう。
 ところがそうではなく、掌を上にして「世界」を意味する球をもっていることに気付かせてくれた鍵はやはりFu さまの球への追求心だったと想います♪
1. Posted by Fu Shusei   2008年07月31日 00:26
聖母と球とニュルンベルクを巡る不思議な連鎖の物語。
自分もかかわっているとは何だか不思議な感じですね(^。^)
私も一度だけ黒い聖母について書いています。
http://quo-vadis.seesaa.net/article/29648133.html
この記事とはまったく関係ない記事で、ある読者さんから黒い聖母についての情報をいただき、その同じ日に別の読者さんからのメールにそれとは別の黒い聖母の話が出ていて、「ひえ?」となったことがありました。
さて、球のお話ですが。
ニュルンベルクの美術館の聖母像が手にしているもの。確かに球に見えますね。前回のニュルンベルク滞在時には美術館に寄る余裕がまったくなかったので、見ていなくて残念です。
聖母の手に球とは不思議な組み合わせです。いつか模写のもととなった作品をこの目で確かめたいところです。
手に球を持つ図像といえば、まずは「サルヴァ(ウァ)トール・ムンディ(世の救世主)としてのキリストです。たとえば、こちら↓(ウェイデンの作)
http://www.wga.hu/art/w/weyden/rogier/10braque/2braque.jpg
大天使ミカエルが手にしていることもあります。
http://quo-vadis.up.seesaa.net/image/micha_barnaba.jpg
ムンディとは「世界」。
やはり球は「世界」と解釈するのが一般的だと思います。
すいません、ひとつだけキリスト教的発言を(汗)
抹香くさくてすいません^^;
キリスト教は一神教ですので、崇拝の対象は神ただひとりです。
美術書や研究書などでも「聖母崇拝」と書かれることがありますし、私もかつて誤って書いたこともあると思いますが、カトリック的立場においては、マリアは女神ではなく、神を生んだ母という立場(私たちのなかにあって共に祈ってくださるかた)ですので、女神にするような「崇拝」ではなく「崇敬」となります。(聖人も同様です)そのあたりが世の中でよく誤解されているので、草の根運動でネチネチ誤解を解いていこうと思っています(笑)

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