備忘録

2014年07月11日

天使のいる回廊 天使巡礼天使堂 平成26年7月 無料ご観覧日のお知らせ♪ #伊豆高原

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天使のいる回廊 天使巡礼天使堂 #伊豆高原


平成26年7
月 無料ご観覧日のお知らせ♪


開館日・開館時間

 7月13日(日) 10:00~16:00

※ 7/12(土)以降、開館期間中のお問合せは、
tenshi_jyunrei_tenshidou★ 宛にメールください。
★を@yahoo.co.jpに換えてね。

静岡県の伊豆高原(南大室台5-5地図)にあります

私設美術館・ギャラリー(元ペンション・ソフィア)に

天使巡礼天使堂のコレクションの品々を展示しています


  ご観覧は無料です。


天使巡天使堂
は、静かで落ち着けるところですので、

気兼ねなく、ごゆっくりおくつろぎいただければ幸いです♪

お近くにお越しの際は、是非、遊びに来てください。

伊豆高原 【天使のいる回廊 天使巡礼天使堂】 門番 追夢人

〒413-0234
 静岡県 伊東市 池 614-170 P・ソフィア

( 伊豆高原 南大室台 5-5 P.ソフィア )

タクシーで、伊豆高原駅からいらっしゃる場合は、、「株尻」を経由で南大室台の「ペンション森のしずく」とドライバーにお伝えください。桜並木を上がり高原中央の交差点を左折し、「株尻」を経由して、南大室台入口のバス停の直前を右折して上がってもらってください。
プチホテル21の入口を過ぎて直ぐ、ペンション森のしずくの真向いが天使巡礼天使堂です。

タクシーで、一碧湖、池田美術館、伊豆ガラスと工芸美術館、または、大室山リフト・シャボテン公園、さくらの里、芸術の森蝋人形美術館、方面から、いらっしゃる場合は、「池」方面の坂道を下り、常盤テニスクラブ(池中野のバス停)の先、南大室窯体験工房とドライバーにお伝えください。南大室窯の大きな敷地の入口(看板)をタクシーに乗ったまま入って、敷地を通り抜けた目の前が天使巡礼天使堂です。

天使巡礼天使堂 周辺マップ・アクセス

※なお館内は禁煙です。誠に申訳ございませんがご協力の程お願い申し上げます。



最近、天使堂に新たに御目見えした展示作品!

「霊性の人」 多賀新 エッチング ed.51/80 2007
「霊性の人」 多賀新 エッチング 260x175mm ed.51/80 2007


「堕天使II」 由木りび
「堕天使II」 由木りび アクリル SM 紙・パネル 2013

「鎮魂曲」多賀新 エッチング 2006
「鎮魂曲」 多賀新 エッチング 260x180mm ed.76/80 2006


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ちなみに『夢をかなえる天使事典~光へ導く82の天使とマスターたち~』の


136頁に「天使のいる回廊 天使巡礼 天使堂@伊豆高原」も紹介されていますよ?♪

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編著:CR&LF 研究所 ブックデザイン:高市美佳 イラスト:押金美和、藤田綾乃
出版社:毎日コミュニケーションズ 単行本(ソフトカバー)144頁
21x15.2x1.2cm 2009/4/23発売¥1,470


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2014年06月01日

天使のいる回廊 天使巡礼天使堂 平成26年6月 無料ご観覧日のお知らせ♪ #伊豆高原

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天使のいる回廊 天使巡礼天使堂 #伊豆高原


平成26年6
月 無料ご観覧日のお知らせ♪


開館日・開館時間

 6月6日(金) 9:00~17:00

※ 6/3(火)以降、開館期間中のお問合せは、
tenshi_jyunrei_tenshidou★ 宛にメールください。
★を@yahoo.co.jpに換えてね。

静岡県の伊豆高原(南大室台5-5地図)にあります

私設美術館・ギャラリー(元ペンション・ソフィア)に

天使巡礼天使堂のコレクションの品々を展示しています


  ご観覧は無料です。


天使巡天使堂
は、静かで落ち着けるところですので、

気兼ねなく、ごゆっくりおくつろぎいただければ幸いです♪

お近くにお越しの際は、是非、遊びに来てください。

伊豆高原 【天使のいる回廊 天使巡礼天使堂】 門番 追夢人

〒413-0234
 静岡県 伊東市 池 614-170 P・ソフィア

( 伊豆高原 南大室台 5-5 P.ソフィア )

タクシーで、伊豆高原駅からいらっしゃる場合は、、「株尻」を経由で南大室台の「ペンション森のしずく」とドライバーにお伝えください。桜並木を上がり高原中央の交差点を左折し、「株尻」を経由して、南大室台入口のバス停の直前を右折して上がってもらってください。
プチホテル21の入口を過ぎて直ぐ、ペンション森のしずくの真向いが天使巡礼天使堂です。

タクシーで、一碧湖、池田美術館、伊豆ガラスと工芸美術館、または、大室山リフト・シャボテン公園、さくらの里、芸術の森蝋人形美術館、方面から、いらっしゃる場合は、「池」方面の坂道を下り、常盤テニスクラブ(池中野のバス停)の先、南大室窯体験工房とドライバーにお伝えください。南大室窯の大きな敷地の入口(看板)をタクシーに乗ったまま入って、敷地を通り抜けた目の前が天使巡礼天使堂です。

天使巡礼天使堂 周辺マップ・アクセス

※なお館内は禁煙です。誠に申訳ございませんがご協力の程お願い申し上げます。



最近、天使堂に新たに御目見えした展示作品!

「霊性の人」 多賀新 エッチング ed.51/80 2007
「霊性の人」 多賀新 エッチング 260x175mm ed.51/80 2007


「堕天使II」 由木りび
「堕天使II」 由木りび アクリル SM 紙・パネル 2013

「鎮魂曲」多賀新 エッチング 2006
「鎮魂曲」 多賀新 エッチング 260x180mm ed.76/80 2006


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ちなみに『夢をかなえる天使事典~光へ導く82の天使とマスターたち~』の


136頁に「天使のいる回廊 天使巡礼 天使堂@伊豆高原」も紹介されていますよ?♪

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編著:CR&LF 研究所 ブックデザイン:高市美佳 イラスト:押金美和、藤田綾乃
出版社:毎日コミュニケーションズ 単行本(ソフトカバー)144頁
21x15.2x1.2cm 2009/4/23発売¥1,470


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2014年05月10日

ラティチュード(latitude) の原理は、鉛筆画の鑑賞に際し、自分の感性を内省する上で重要な位置をを占めている。

ラティチュード(latitude) の原理は、鉛筆画の鑑賞に際し、私の感性を内省する上で

重要な位置を占めている。

私は30代前半の数年間、主にネガカラーフィルムで屋外の写真撮影(ポートレイトや

風景など)を趣味にしていたので、撮影時のカメラの露出やフィルム感度などの知識を

ほんの少し勉強したのが、絵画鑑賞をした後で自分の感受性についていろいろ考える

時にとても役に立っている、換言すれば、影響を受けていると想う。

ちなみに、ピント(焦点)が合う奥行きの被写界深度とか、写真の焼加減というか、

軟調とか、硬調のとか、写真についての知識が、鉛筆画の全体の印象にも係わると

思われる描き方の特徴を大まかに捉える上で参考になっていると想っていたけれども、

却ってそれらは、絵画鑑賞にはバイアスの部類に入るのだろうか!?

※2014/5/9(金)のFacebook の門番 追夢人のノートより転載

QT ラティチュード、ラチチュード、ラティテュード (latitude) とは、一般的に日本では写真用語であり、音響学・信号処理分野で言うところの「ダイナミックレンジ」に相当する。感光材料(写真フィルムなど)が、画像(階調の集まり)として再現できる露光の範囲、寛容度を表すことに使われる。露光寛容度、露出寛容度とも言う。英語ではexposure latitude。

概要: 写真撮影(露光)において、感光材料に対し適正より少ない露光量(露出アンダー、画像が暗く階調がつぶれるおそれがある)や、反対に適正より多い露光量(露出オーバー、画像が明るく階調が飛ぶおそれがある)であっても階調が無くならず、画像として成立するような特性(露光許容量が大きい)を「ラティチュードが広い」と表現する。このような特性の場合、暗い部分(シャドウ)から明るい部分(ハイライト)までなだらかな階調が再現できる反面、画像がフラット(眠たい調子)になりやすい。

逆に再現できる露光の範囲が狭い特性を「ラティチュードが狭い」と表現する。この場合、露出オーバーやアンダーに対して、白とびや黒つぶれを起こしやすいが、コントラストの高い画像を得ることが出来る。

一般的にネガフィルムはラティチュードが広く、リバーサル(ポジ)フイルムや固体撮像素子を用いるデジタルカメラのラティチュードは狭い。撮影においては、ラティチュードが広い方が扱いやすい。

ウィキペディア フリー百科事典より抜粋



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2013年01月11日

水上正貴 コラージュ展 - 万有陰力2013 -

[伊豆高原] ブログ村キーワード

天使のいる回廊 天使巡礼天使堂の企画展



「 水上正貴 コラージュ展 」


- 万有陰力2013 -


2013/1/19(土)~1/24(木)

12時~17時


水上正貴 コラージュ展立て看板


一階 カフェスペースで開催しています!

初日と最終日は作家が在廊いたします。

ご観覧は無料です♪

お近くにお越しの際は是非ご高覧ください!


※二階 天使のいる回廊にて、天使巡礼天使堂の企画展
「天使のこの指とまれ♪ vol.3 -不揃い天使のアンサンブル-」
を同時開催しています。


企画展 2013.1 エントランス掲示板


天使のいる回廊 天使巡礼天使堂

〒413-0234 静岡県伊東市池614-170 P.SOPHIA 

天使巡礼天使堂 アクセス・マップ

天使巡礼天使堂 周辺マップ・アクセス


出品作品の一部をご紹介いたします!

「タイムトンネル」 水上正貴
Copyright(C) 2005 masaki mizukami
「タイムトンネル」 水上正貴
コラージュ 紙 306x210mm 2005年制作


ニッポン礼賛座敷牢 2013
Copyright(C) 2013 masaki mizukami
「ニッポン礼賛座敷牢」 水上正貴
コラージュ 紙 286x223 2013年制作


謎が笛吹く類美沌 2013
Copyright(C) 2013 masaki mizukami
「謎が笛吹く類美沌」 水上正貴
コラージュ 紙 245x190 2013年制作


※ご購入の場合、会期終了後、着払いでのご配送となります。

なお館内は禁煙です。誠に恐縮ですがご協力の程お願い申し上げます。


※2013/1/17(木)~/1/26(土)のご連絡は携帯 090-6026-7737 か、
携帯メール monban_tsuimuto★softbank.ne.jp 宛(★→@)にお願いします。



伊豆高原 【天使のいる回廊 天使巡礼天使堂】 門番 追夢人



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2012年11月08日

所蔵作品リストに6作品を追加して更新しました。


天使巡礼天使堂 所蔵作品リスト 2007年11月以降


天使堂の展示作品(日本の現代アーチスト)

上記の二つの所蔵作品リストに下記の6作品を追加して更新しました。

                                         ※敬称略

林由紀子 『四つの時の扉-I. 花冠』 蔵書票 エングレービング 144x54mm 2003
       『アネモネの黒い瞳』 蔵書票 エングレービング 146x91mm 2010

山田布由 『THE ANNUNCIATION』 ペン画 インク、紙 葉書サイズ 2006
    
猫の手   『天使の崩壊』  鉛筆・ペン スケッチブック紙 サイン有 236X160mm 2011

坂東壮一 『EX LIBRIS M.SUGIMOTO』蔵書票 エッチング サイン有 116x66mm 2012.10

横田紗世 『ドローイング』 ペン スケッチブック紙 サイン有 244x216mm 2012


       伊豆高原 【天使のいる回廊 天使巡礼天使堂】 門番 追夢人


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2012年09月25日

販売戦略のアートの評価基準に飛びつく?

産業や経済優位の社会では、アート作品の価格が相当高額で、かつ大手メディアにも露見し、ローカルな美術館にも展示されるほど有名で、その他の作品集や販売促進グッズなども量産されていれば、それらを作品やアーティストの高い?評価の基準にしているという人たちには、業界人以外の一般の人にも、とても多いように思える。

それらを基準にしている人たちは、大資本の権力者の一個人や少人数の好みで、資金力にものをいわせて、プロモートしているに過ぎない有名な、あまたある現代アートがお好みなのだろう。

たぶんそういう人たちは、作品以外にも、駆け出しの早い時期から作品集等の印刷物、フィギュアのストラップ等のキャラクター販促グッズなど、最近の、セット商品の販売戦略で売り出して、少し人気が出たら、一気に作品を高額にしたりする見せかけの売れっ子有名作家に、喜んで飛びつくのだろうな。


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2012年09月24日

手描きの油絵の色彩とデジタルデータ化による再現性

手描きの油絵の色彩は、顔料の違い以外にも、表面には筆跡や塗り重ねなどの凹凸があるから、反射光の角度により微妙に変化する。

混色なら人の目に届くまでに干渉しあって多様に変化することだろう。

また照明の種類により波長は異なるし、自然光なら天候や季節や時刻によっても異なる。

室内にある壁など環境からの色の反射もあるので、肉眼は様々な影響を受けることになる。

また多くの人は両目で、様々な角度や距離から絵画の色を知覚する。

ある光源で、図柄ができるだけ歪まない様に絵画の平面の中心から垂直に離れたある一点から、単焦点レンズのカメラで撮影した写真では、次元が全く異なるから、たとえデジタルデータで色を忠実に再現したつもりでも、実際の油絵から受ける印象とは大きく異なる。

更にそれを高性能なプリンターで出力しても、表面の凹凸まで、同じ素材でなければ、分子レベルまでは再現できない。

そもそも、色ひとつをとっても、カメラでの撮影時に元絵のオリジナルの色が忠実に写し撮られたという確認は厳密にはできない。

それはせいぜい近い色で撮影者が妥協しているに過ぎない。

デジタルカメラのハードと内臓プログラムの性能がいくらよくても、保存した撮影画像のデジタルデータの出力の、ディスプレーやプリンターなどのハードやソフトの性能がそれ以下なら、意味が無いということも考慮しないと、無駄な経費と労力を費やすことになる。

そもそも、あるメディアに保存したデジタルカメラの撮影データなど、いつまで保存できるのか?

デジタルデータを長期間に渡って保存できたとしても、いつまでそれを再現するためのハードとソフトが存在するのだろうか?

デジタル技術の高性能さに目を奪われがちではあるけれど、そのほとんどが外部環境に依存している。

それも栄枯盛衰の激しい技術産業であることのリスクを考慮しておかないと十年も経たないうちに利用できなくなる場合も経験上あり得る。



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2012年08月14日

自己表現と受注制作のはざま

自己表現と受注制作のはざま

 イラストレーターのイラスト制作は、資本力のある注文主を大前提にし、その完成作品が主に印刷物というところに特徴がある。印刷物は量産され廉価にできるため、既に存在する顧客市場に乗って普及しやすい。

 イラストの完成作品は、例えば、小説の装丁画や挿絵など第三者との共作であったり、または、広告や商品パッケージなどの一部に使用されたりするので、イラストレーターのイラストが独立した作品として制作されることは基本的にない。

 また、画家の作品制作には、作品の受け手としての他者を前提にしながら、内発的な動機を端緒とする自己満足を最優先した自己表現の創作と、発注者としての他者の要望を優先しながら、多かれ少なかれ自己表現との妥協点を見い出す創作とがあり、後者は、例えば、教会や寺院などから宗教画の依頼などの受注制作である。

 イラストにしても、受注制作の絵画にしても、少なくとも発注者を満足させねば成立しないという点において、創作力や高度な技能の実力が制作者の大前提となるので、少数精鋭にならざるを得ないが、職業として継続できている場合は、知名度と社会的評価を伴っていることが多い。

 一方、自己表現を主とする個人的な創作は、その気になれば誰でも始められるが、作品は一点物の場合がほとんどで、また数も量産に限界があり、その作品に共鳴する購入者も、限られた極少数の一個人になるので、その作品販売の収入のみで生活を支える職業として成立させるには社会環境のハードルは極めて高いといえる。



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2012年08月13日

画家は本画と印刷物の違いをどう考えているのだろう?

画家は本画と印刷物の違いをどう考えているのだろう?

 画家とイラストレーターの違いは、幾つかあるが、最終的に完成した作品について、その大きな違いが、後者のが印刷物であるということ。

 印刷の特性から、画家や版画家の描いたある図柄の作品は同サイズの一枚ないし少数なのとは対照に、イラストは下絵に対して拡大または縮小も可能かつ大量生産も可能であるから、作品と受け手の関係が、前者はほぼ一対一(主に一個人)に近いが、後者は一対多数(マス)となる。ゆえにイラストは普及しやすい。それが個性的であればイラストレーターも識別認知される可能性が高くなる。

 また創作の動機が、画家は主に内発的であるが、イラストレーターは第三者の意向が強く反映していることが多い。それゆえ、作品は、画家のはそれのみで独立しているのに対して、イラストレーターのは、本人の作品集としてもあリ得るが、主にイラストは、例えば、小説家の本の装丁や挿絵、音楽メディアなどの商品パッケージ、広告用のポスターなどの様に、共同作品としての有様が多くなる。

 ところで、自称、画家が、現役で画集を出版する動機は様々あろうが、表現した世界を世間に広く普及させたいのだろうか?

 しかし、本画と印刷物の違いをどう考えているのだろう?そもそも表現したい世界は何なのだろう?それに最も相応しい画材と描画技法は何だったのか?

 例えば、鉛筆とか、ペンとか、パステルとか、油彩とか、顔彩とか、水彩とか、木口木版とか、エッチングとか、メゾチントとか、ではなかったのか?それでないと表現できない世界ではなかったのか?それらは、例えば、オフセットの輪転機の量産した印刷物ではそもそも表現しきれないからではなかったのか?

 もちろん印刷物と代わり映えのしない作品しか描けない、摺れないなら、画材や技法にこだわる必要もなかろうけれど…。

 私の知る限り、早くから印刷物で有名になった作家の、手描きの原画?に迫力はなかった。推測だけれども、それは無意識に印刷を想定し、知名度を上げることを優先しているから、印刷を然程超えられなくなるのだと思う。

 もしそうならば、創作世界の表現は、文字でも、手工芸でも、陶芸でも、彫刻でも、建築でも、音楽でも、ダンスやパフォーマンスでも、何でもありえるから、特段、画家である必要はない。



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2012年06月06日

描画技法

 絵画の表現に多様さがあるように、画家の選ぶ描画技法も多様なのは​当然のこと。
 多才な画家は複数の描画技法をそれぞれ探求しながら制作しているこ​とも少なくない。中にはオールマイティという感じでそつなくこな​す画家もいるとは思う。
 しかし、画家の表現したいイメージに最も適した技法に絞って制​作している専門の画家、例えば、油彩画家、水彩画家、顔彩(日本​画家?)、木版画家、銅版画家、などなどにとって、想像するに描画技法は​画家の命ともいえるのではないか?
 簡単な言い方をして大変恐縮だが、油彩や水彩にしても、言葉で​いうと単純に聞こえるだけで、実際はそこからその画家独自の描画技法をあみ出していると思う。それは他人にはその作品を実際に観な​いと感じられない領域だと思う。
 描画技法は何だってよい、構わないという画家、画商、鑑賞者は、ど​んな立場(描く、売る、観る、買うなど)で、どういう意味合いで​言っているのだろう。
 少なくとも売る立場の画家、画商が、買う側に説明の必要はない​という意味で、描画技法はどうでも構わないと言っているとしたら、そ​の姿勢を疑う。


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コレクションの市場価値が上がったって?

 長年に渡り現役画家として精力的に制作活動を続けられるという​ことは立派なことと想う。
 作品価格も若い頃に比べて高くなっていることは、一般によくあ​ることだろう。
 版画は、ほぼ同じ作品が複数枚が摺られて存在しているから、若​い頃の作品が売れ残っていたりする。また若い頃の油彩など、一度​、売れたのが出戻ってきたり、他から仕入れたりした作品が画商の​元にあったりする。それを再度、販売する場合、保存状態が良けれ​ば、現在の上がった価格に準じて値を上げて、或いは、仕入れ値に​利益を上乗せして販売することはよくあることだと思う。
 同じ作家の版画、或いは同サイズの同程度の内容の油彩などの所​有者にとっては、市場価値が上がったと嬉しく想うのはよくある人​情だろう。
 しかし、所有者が作品をその値段で売ろうとしても、そう簡単に​売れるとは限らない、というより、売れることはまず難しいと思う​。
 保存状態がよくて、引取ってくれる画商がいたとしても、その時の販売価格ではなく​、仕入れ値になるから。
 それに所有者が手放すということは、人気がない指標にもなり、​作品価格の値下げ要因にも作用するから。
 では、新規にその絵を買う側にとっては、高い買い物になるのだ​から、惚れた弱みもあるだろうし、必ずしも嬉しい話なのだろうか​?いざ本当に作品を購入する時、その人にとっては価格は大きなウ​ェートを持つけれど、買う動機によってその意味合いも変わってく​ることだろう。買った後で値が下がるリスクもありうるから。
 買わない人、或いは、買えない人にとって、その作品の内容より​も、もし価格に興味や関心があるなら、現在の値段を鵜呑みにせず、冷静に作​品内容との兼ね合い、その妥当性、上がってきた経緯などの情報を​加味して考えた方がよい。


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たとえ話を思いついた。

たとえ話を思いついた。

二十年前に10万円で買った版画と全く同じ版画が50万円で売ら​れていたけれど、ある画商が30万円で引取ってくれるというので​、譲ったら、それを50万円で買った人がいた。

としたら、譲った人(30-10)も、画商(50-30)も、2​0万円の現金が増えた。

譲った人と画商にとっては、その版画より現金20万円の方が価値​があったと理解すれば、言い換えると、その二人にとっては、価格​50万円のその版画を20万円でも買わないということ。

ということは、その三者にとって、その版画の市場価値は、平均す​ると30万円未満=(20+20+50)÷3になる。かな?

ひるがえって、半額になったら、二十年前は欲しかった版画が10​万円もして買えなかったけれど、今、同じ版画が5万円で売られて​いれば、掘出し物を見つけたと思って、買うかもしれない。

或いは、10万円の版画を買って持っていた人にとっては、半額は​がっかりするかも知れないが、その版画が好きなら、これは安いと​思って、もう一枚買ってしまうかも知れないということ。



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広告宣伝費や利鞘を上乗せしてるからでもあるんだろーけど!

絵画や画家が有名になると作品が高騰した時代があったようだけど​、作品にそう変化がないのに、いやもしかしたら粗製になっている​かも知れないのに何でだろうー?供給数より需要が増えるからか?​広告宣伝費や利鞘を上乗せしてるからでもあるんだろーけど!

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購入する人の動機と心理が知りたいもんだ!

 正直に言うけどね、私は銅版画が好きになったから、十年前くら​いから見始めてきたけれど、作品は日本の現役で、ほとんど好きな​銅版画家のしか見てないし、数十人しか知らない。枚数も数えるく​らいしか見てないけれど、銅版画の良さは人一倍わかっている自負​はある。
  グループ展で、好きな作家以外の作品も観れるから表現技量の凄​い作家は他にも沢山いる。
  作品が優れているから、好きなのだけれど、その銅版画家の大き​な作品でもその多くは十万円もしない。それでも小さいのしか買え​ない私は庶民ではある。
  葉書の縦半分ほどの大きさで、エッチング&アクアチント、中に​はエングレービングも、その技術も緻密で、図柄も優れた蔵書票が​三千円で買えた。少し人気作家のでも一万から一万五千円くらいだ​った。
  廉価で当然とは銅版画家に悪いから言うつもりはないが、日本の​ある有名な物故作家の銅版画が更にその半分くらいの小ささで、そ​の技量たるや摺りが悪いのか、原版が摩耗劣化しているのか、図柄​も御世辞にも褒められない小品が二十万円近くもしてる。
  そんなのは、たとえ廉価であっても、私は欲しくもないが、いっ​たい何なんだろう?その値段って。購入する人の動機と心理が知り​たいもんだ!


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2012年04月08日

古川未央子 作品展 "祈り" 名古屋三越栄店8階

古川未央子 作品展 


古川未央子 作品展 "祈り"



イタリアマジョリカ焼絵付け・西洋磁器上絵付け職人

美大卒業後イタリアにわたり、マジョリカ焼絵付けと西洋磁器上絵付け職人として修行と活動を10年余続けた古川氏。現在もイタリアで活動しながら、ローマ法王への献上品を製作するなどその実力が評価されています。


2012/4/4(水)~4/10(火)

10時~8時



ジャパネスクギャラリー

名古屋 三越 栄店 8階

〒460-8669 名古屋市中区栄3-5-1
TEL.052-252-1111
http://nagoya.mitsukoshi.co.jp/event/jp.html



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2012年03月17日

科学の弱点はそれだけで自立できないこと

 科学の弱点はそれだけで自立できないこと。
 科学者が究明した科学理論、技術者が実用開発した科学技術を利​用して、例えば、原子炉は設計図を見ながら現場監督と作業員が建造し、検査員などが設計通りか、人為ミスが無いかを確認す​る。複雑に張り巡らされた配管など、狭い隙間に作業員の手も工作​機械も検査機器も入れられない箇所も実​際には数多くあるだろう。設計当初​からのミスもあれば、検査員の見落しもあり得る。
 科学理論の実用化には、予算の制約、調達資材の質、人工のスケ​ジュール調整など人間能力の限界も大きく影響するだろう。
 何の権限もない組織の一員に過ぎない科学者は細分化された専門​分野しか関知できない。完成後の運用、安全管理にいたっては、全​体を見渡せる科学者は一人もいない。
 原子力事業には、出資する者、予算を牛耳る者、利益や賃金を得​る者、科学者以外の大勢の利害関係者が直接係わっている。利権の​思惑も絡んでいる。たとえ気付いたミスを良心的に指摘しても、利​権の前では何の効力もない。ミスによる危険性を強く言い張れば、​職を追われるリスクの方が高くなる。
 こうして原発を推進する組織内には、保身のためにミスに気付か​ぬ振りをして隠蔽に加担するか、ミスを繕う政治的振舞いをして出​世を謀る御用学者だけが居残ることになる。原子力開発では、科学​も科学者も現実は利権によって政治的に悪用される道具に過ぎない​存在に堕落する。
 御用学者には、科学が「発達」すれば、安全​管理用の自動制御プログラミング装置とか人為ミスも防止で​きるという楽観的な科学信奉の精神論者が実に多い。福島第一原発​の事故で致死量に達する放射線の近くで現場作業している​のは、日本の最先端ロボットではなく、生身の人間である​という事実認識と理解は御用学者には皆無のようだ。人間​的にも無能としか言いようがない。そんな輩に今も将来も​期待できることは何も無い。

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2012年03月01日

読み手のメディア・リテラシーとFacebookへの個人投稿

 一般の人が体験して得られる情報量を超え、膨大な情報や知識は新聞、テレビ、雑誌、書籍、広告等のマス・メディアやインター・ネットに氾濫している。
 私たちがテキストや写真・画像、或いは、音声付きの動画・映像から得る情報は、受け手が実体験した事実ではない間接的な二次情報なので、それが現実にあった事柄なのかはわからない。
 しかし、それを事実として受け入れているのは、その多くは漠然と大手マス・メディアなど発信源を信頼しているからに他ならない。一般の人は、信用した二次情報の事実確認をしないから、その信頼性は検証されることはないのが大方である。
 従がって、ある社会問題や事件の二次情報、それもその断片を元に個人的に慣れない思考をめぐらして、何かそれに対する感想や派生した意見をFBに投稿したりすると、事実誤認もあり得るが、それは至極当然のことで決して悪いことではないと私は思っている。
 FBに悪意を持って嘘を投稿して他人や社会を困らせる意図がある訳ではないのにもかかわらず、内心想っていた個人的な意見や感想をFBに投稿して、万一、それが間違っていて、拡散でもしたら、社会や皆に迷惑がかかるかもしれないと恐れて、社会で大きな問題になっている事柄やホットな争点に触れるのを控え、差し障りのないプライベートなつぶやきしかしないとしたら、それこそ宝の持ち腐れというか、とても勿体ない話と思う。
 FBで個人の意見や感想の投稿を読んでいる人たちは、たとえ社会問題についてであれ、そこに事実誤認があったからといって、重要な意思決定や行動が左右されるほどFBの利用者はメディア・リテラシーが低いと私は思っていないのだけれど、それは間違いなのだろうか?
 むしろ、影響され、健康・生命や財産のみならず将来への希望に至るまで大きく左右され、過酷な不利益を被らされたのは、情報を隠蔽し、操作し、捏造し、視聴者を都合よく誘導してきた一方方向の大手マス・メディアを過信して、今まで私たちがほとんど何も言ってこなかったからではないでしょうか?

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2012年02月26日

汚染地域から避難できない時の注意すべきメモ

【汚染地域から避難できない時の注意すべきメモ】

首都圏でも外部被曝も、内部被曝もしている。

道路の粉塵を吸いこまないように外出時はマスク必着!

放射性核種の内部被曝による健康への悪影響についての情報・知識を得ること。

飲料水、米、麦、野菜、魚介類、肉、乳製品など食品、茶、煙草、アイスクリーム、酒類等嗜好品からの内部被曝
※生産地と産地偽
装に要注意

新聞、テレビなど大手マス・メディアの報道には限界がある。
情報隠蔽、虚偽報道、安全デマに要注意!
ツイッター、フェースブック等のフリージャーナリスト、ネット情報に注視!
メディア・リテラシーを養うこと。
※ media literacy(英)とは、情報を評価・識別する能力のことで、情報メディアを主体的に読み解いて必要
な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力。

死の商人・世界金融資本・原発マフィアと共謀して、国民から税金を詐欺・窃盗する日本政府・官僚の仕組を理解すること。

原発、東電、核廃棄物、核分裂生成物、プルトニウム、核弾頭、米軍の統制介入など

IAEAとWHOの1959年協定
世界保険機構は、IAEAの許可なく被曝による健康被害調査報告はしない


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2012年01月22日

「ミクストメディア」という呼称は意味不明

「ミクストメディア」という呼称は意味不明

 例えば、日本画に金箔や銀箔を使ったら、積極的にアピール、説明するでしょう!
 ところが、絵画で「ミクストメディア」とかいう呼称、何のことやら意味不明。何も説明してない。何の混ぜこぜ? 何を使ってるかわかったもんじゃない。説明しない動機は、自己の不利益になる時。黙秘権を行使していると考えた方がよい。
 少し例えは異なるが、土地付住宅の不動産の販売広告に土地の形状の記載がないのは、まともな土地はないのと同じ。良いことは、それ自体に価値があるから、必ず広告に載せている。
 アーチストが表現手段に選んだ描画技法を真面目に位置付けないのは、自信のない証拠といえよう。
 何か後ろめたい歴史があるのかと勘ぐられると厭味を言いたいのではない。
 受け手を馬鹿にしていることに早く気付かないと、受け手も見る目を養えないし、成長もできない。そんなことを続けていたら、絵画市場はいつまで経っても成熟することはないだろう。バブリーな高額絵画の売り上げだけが、絵画市場の成熟ではない。

 ※ 以下、YM様からのコメントとのやりとり

【YM】 複雑な工程を経て制作されている作品は、そのひとつひと​つを文字にしにくいのです。最も簡単な表現がミクスドメ​ディアになるのでしょう。質問があれば、誠実にお答えし​ているつもりですが…。

【追夢人】 YMさま いちいち質問しないと、主要な技法がわからな​い表示を手抜きといいたいのです。YMさまの作品をなぜジクレープリントに手彩色と表記し​ないのですか?
 例えば、黄金背景テンペラとかいう古典技法もあります。支持体(基底材)とかいう、絵を何に描いているのか、キ​ャンバスとか、絹とか、羊皮とか、紙でも和紙とか、厚紙​とか、ダンボールとか、ボードでも板とか、シナべニアの​パネルとかも、額装してたらわからないし。

【YM】 確かに… 木製パネルに基剤、ジクレープリントに油彩など記載出来​ると思います。

【追夢人】 小さなキャプションに長々と表示はできないとしても、メ​イン技法は明確にして欲しいです。少なくとも、タイトル、作者名、主用技法、支持体、サイ​ズ、制作年(月)、販売価格などは基本項目と考えていま​す。

【YM】 何でしないんでしょう? ちょっと考えてみた…
 やろうと思えばすぐ出来ることをしないのは、やりたくな​いからでは?いろいろ細かく説明しようとすれば、販売の​方もそれなりに知識が必要ですし。

【追夢人】 そうです。怠慢。悪しき慣習に過ぎません。
 憶測で恐縮ですが、デパート系の、美術の販売担当は、多​種多様な絵画を扱っていても、だから逆に全ての知識の習​得までは追いつけない。たとえ学芸員の資格や美術検定を​持っていても。町田市立国際版画美術館の学芸員でさえ、​木版画の担当に訊いても、銅版画の原板のコーティング剤​のグランドの剥がし方は知らなかったし。
 それに大先生や画伯に今更、書いたメモを付けてとは頼​みずらいだろうし、いちいち訊いて確認するのは手間がか​かる。まともに対応する意志のある、能力のある画家は何割いるのでしょうね。
 ミクストメディアは新技法でしょうから、まだ確立され​てないのもあり、範囲を調整するのは難しい。棚上げして、十把一絡げに「ミクストメディア」にぶち​込んでおけば一応、説明の擬装、カッコはつく。何ですか​?と訊かれたら、内心『何~?そんなことも知らないんで​すか!』と丁寧に微笑んで威圧してかわしてしまえってこ​となのです。
 若い画家も、駆出しも、弱い立場で画商や企画画廊に依​存していたり、任せきりで無関心でいるとそんな売らんか​なが罷り通ってしまう。
 説明のある中身の確かな絵なら買う側ももっと真剣にな​れたのに何だか良くわからない物には手を出しにくくなる​。実は売れたかも知れないのにちょっとした簡単なことで​さえ手を抜いて楽をしようとするから、売れる者ものも売れ​なくなる。お金を出す側はもっと真剣だと想いますよ。
 画家も画廊や画商と対等に緊張関係を持ってチェックし​あってほしいし、画家みずから表現手段に選んだ技法につ​いては、その長所や素晴しさや良さをもっと自信を持って​、受け手に言葉でアピールしてほしいです。
​ ミクストメディアは新技法でしょうから、なかにはまだ描画技法が確立されて​ない作品もあり、範囲を調整するのは難しいかも知れませんが​、制作者がキャプションで丁寧に説明しなければ、販売担​当がわかる筈がありません。
 現場で調整に迷うことが、実は蓄積となり、どうすれば​適切か?という次の段階に進められるのです。作品の物量​が多い接客現場での経験を画家にフィードバックしながら​、みんなで考えるのも活性化のチャンスと想いますよ。

【YM】 ミクスドメディアという言葉は示す範囲が広すぎて、適切​では無いかも知れませんね。例えば、ジェッソで下地を作​り、その上に油彩…も厳密に言えば純粋な油彩ではありま​せん。現代の科学基剤ジェッソを使用しているからです。​化学合成品を少しでも使用すると、ミクスドメディアとな​るのでしょうか?

【追夢人】 振り出しに戻らないで(笑)
 ミクスドメディアに還元するのではなく、それはひとまず​置いておいて、個別具体的な作品に使用した、主に描画を​特徴づけている画材や技法は何かを一言でなくてよいから​、幾つか挙げてくださいって、お願いしているだけです。​もちろん詳細な説明書の添付があればなお結構ですけれど​。
 キャプションの基本項目として欲しいのは、タイトル、作​者名、主用技法、支持体、サイズ、制作年(月)、販売価​格など。
 主用技法が、厳密な意味で純粋な油彩かを問題にしている​のではなくて、それなら、「ジェッソ下地キャンバスに油​彩」と記載すればよいではないですか?書いてあれば、知​らない人でも関心を持てば、例えば「ジェッソ」って何?​と理解を深めていくきっかけにもなると想うから。

【YM】 大まかな素材(キャンバス、木板、布、紙など)、基剤(​ジェッソ、漆喰など)、描画剤(油彩、水彩、ジクレーな​ど)は記載されていてもいいかも知れませんね。それ以上​興味があれば、質問していただいて…販売の方も、しっか​り勉強しておかないと。
 プロですから、ごまかすようなことは御法度です。
お客様の中には、作家以上に詳しい方もいらっしゃいます​。ですから、作家が何故その方法を選択しているのか…そ​の理由をしっかり説明出来ないと。うさんくさいと思われ​るのは本意ではありませんので。



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囮販売か?

 囮販売か?

 初日の早い時期から売約済み。有名な画家二人の作品。それで初日でないような気になってしまっていた。いつもは観た頃には売約済みのことが多かった他の作家の小品はまだ決まってないのが不思議に思えた程。

 売約済みのシールで価格は隠されていた。裏から透かして見てみた。サイズからしたら廉価に思えた。技法は二人の作家とも非表示だった。価格から手描きでないような気もしたが、画商にそこまで確認しなかった。

 後から、売約済みも本当かと疑念も生じた。その邪推もありうるとしたら、囮ということ?

 絵画販売は、いろんな販売戦略を弄するものなのか。



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女性の武器?

 「立っているものは親でも使え」ということわざを、就職してま​もなく、仕事中に先輩が言ってたのを聞いた。役職をつかまえて雑​用をさせていた(笑)『急用のときは、だれでもよいからそばに立​っている者を使え』という意味もその時に知ってなるほどと思った​。
 大学や就職にコネで入るのは恥ずかしいことと思ってはいたが、​いつ頃からだろう、あるものは何でも使えと思うようになったのは​。何もなかった私の羨望を素直に認められるようになったのか、世​の中そんなものだと諦めるようになったからか、いまさら覚えても​いない。
 男性にもたまにいるけれど、女性の武器?を使って、世間を渡る​人に対しては、アンビバレントな感情をいだく。凄い才能だと思う​反面、嫌悪感はいまだに拭えない。
 テレビに登場するお笑いタレントさんは、大変だと思う。どこま​で守られているのか知らないけれど、プライベートまで曝け出して​生き残りに必死だ。凡人には勤まらない凄い職業だと思う。その忍​耐(なのかはわからないけれど)はある意味、尊敬に値する。
 絵を売っている画家という職業はどうなのだろう。特に女性の画​家は。本人にその気がなくても、お客は絵だけに興味を持つとは限​らない。タレントなら芸能事務所に所属して、マネージャーもいる​だろうけれど、信頼のある画廊を持たない駆け出し画家は特に気を​つけた方がよいと思う。とくにFBでプライベートを披露していら​っしゃる画家さんは。

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2012年01月21日

万人の好みの違い

万人に愛されるものは案外、平凡なものである。
好みが違えば、他人の好みほど、興味も関心も湧かぬものはない​。
普通、口にはしないが、最悪、陰で貶されるのがおちである。
そのことは知っておいた方がよい。絵画については特にそう思う。

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2012年01月20日

販売目的の絵画でも例外ではない。

 資本主義の産業社会のマスメディアは単なる情報の伝達手段では​なく、そのほとんどが商品の購買行動の誘発を目的とした宣伝、広​告、コマーシャルである。そこには必ず広告費以上の収益を見込ん​だ広告料を払う広告主(資本家)がいる。
 
 知名度は必ず資本と結びついている。それは資本の力で知名度が​上げられていることを意味する。そこには必ず知名度・マスメディ​ア・資本の癒着構造がある。
 
 販売目的の絵画でも例外ではない。
 
 【マスメディア(Mass Media)は、新聞社・出版社・放送局など特定少数の発信者か​ら、一方的かつ不特定多数の受け手へ向けての情報伝達手段となる​新聞・雑誌・ラジオ放送・テレビ放送などのメディア(媒体)であ​る。マスメディアにより実現される情報の伝達(コミュニケーショ​ン)が「マスコミュニケーション」である。】 ※ウィキペディア​より

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芸術文化って、これからもそうなの?

 芸術文化って、これからもそうなの?


 『日本のお金持ちにももっと芸術文化のパトロンになって欲しいものだ』

 そうなの?

 『戦前の日本でそれなりに文化が育ったのは、教養ある富裕層が「ノーブレス・オブリージュ」で上手なお金の使い方をしていたから。』

 そうだったんだ!

 で、今はそうでないの?

 『戦後日本の税制は、多大な個人資産を持つことを許さないうえ、海外のように文化貢献や寄付を奨励する優遇策もないからだ。』

 そうなの?

 多大な個人資産を持つことを許して、文化貢献や寄付を奨励する優遇策をして、
日本のお金持ちにももっと芸術文化のパトロンになってもらおうって!

 それって、貧富の差、格差社会の奨励? お金持ちの節税対策の優遇?

 それで、日本のお金持ちを国策としてつるわけ?

 芸術というか芸実、文化業界は喜びそうな気はするけど、
日本のお金持ちが、身分の安定策と節税が動機で、芸術文化のパトロンになりたがるわけ?

 そうなの? お金持ちのみなさま!

 それに日本のお金持ちにパトロンになってもらう、今後の芸術文化ってどんなん?

 アーチストのみなさま!



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2012年01月09日

アート作品の評価とは

 アート作品が売れたことをもって評価されたという人がいる。
 高く売れたら、それだけ評価も高いという。それも一つの評価には違いないが。

 それでは、他の作家の、それより安い作品は、評価や価値が低いという訳か?

 価格(値段)の高低は単純に比較できるから、わかりやすい。
 アート作品の売買で値段が付けられ、売約されて実績は残る。どの作家の作品がいくらで売れたか、作家の売上高が、アート市場での市場価値ということはできる。

 それは、画商などバイヤーや投資家あるいは投機家にとって、もしくは画家にとっては、その収益性という意味で重要だろう。

 しかし、市場価値だけが、アート作品の評価の基準なのか?他にはないのか?

 市場価値は、通常、マス・メディアと連動している。

 マス・メディアに頻繁に取上げられれば、知名度が上がる可能性は高まる。また、知名度の高い作家の作品は、マス・メディアに取り上げられ易い好循環も生まれる。

 市場での販売価格、マス・メディアでの露見、知名度、集客力、宣伝効果、などなど高評価を得る。

 知名度が高ければ、画商あるいは美術館などにとっては、集客力があって都合がよい。宣伝広告が効果的で、経費を無駄にかけずに済む。
 画商は値段が高くても楽に売れるし、美術館は高額で収蔵しても借りても集客で利益が出る。

 だから、作品が優れているのか?くどいようだが、それは市場価値に過ぎない。

 高額な作品または知名度のある作品、イコール優れた作品ではない。

 誰にとっての高評価なのか?本末転倒のトリックに騙されてはいけない。

 アート作品に限らないことだが、高額、イコール価値があるといえるほど単純ではない。

 独自の価値観をもってない人は、市場価値を受け入れることになるだろう。

 あるいは購入者独自の価値観による作品評価とその購入目的(動機)から、作品の価格(市場価値による評価)との均衡を考えないで購入する人は経済感覚にも無頓着な人くらいだろう。

 一個人で高額な作品を購入する場合は特によく考えよう。購入する動機や目的を。



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2012年01月08日

アート作品の評価とは(補足)

 前回、「アート作品の評価とは」で、作品の市場価値について触れた。

 画商の立場では、収益性の観点から販売価格が高額の作品の評価は高い。

 しかし、仕入れ面では逆に廉価でなければ収益性は低くなるから、高額作品は負(マイナス)の性格も帯びている。

 それはまたアート作品を鑑賞して楽しもうと購入する人達にも同様にあてはまり、高額な価格はマイナス要因である。

 では、高額作品を好ましいと考えるのは誰か?

 それは既に作品をたくさん所有しているコレクター、在庫(作品)を抱えている画商(美術館)、債権として押さえている銀行、あるいはアーティストまたはその遺族、そして販売広告そのものが収入源のマス・メディアである。

 アート作品の価格が高額で話題になるのは、市場で販売する時または手放す時であって、消してアート作品を鑑賞する時ではない。

 鑑賞目的でこれから購入を検討する時はそのことを加味した方がよい。



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2011年12月31日

作品には

 作品には、製品とは違う何か、を感じさせる。 大切にしたいとう気持になる何か、または、粗末には扱えないと思わせる何かを秘めている。ある意味、怖いし、悩ましいものもある。

 私の大のお気に入りの小品をある画家さんに近くでお見せしようと手渡そうとしたら、少し心霊経験のあるその画家さんは触りたくないと仰った。そうさせる何か。

 その小品の制作者は「絵はどうしても時間がかかるから体温がうつりやすい。」と言っていた。

 迷信じみた話になるけれど、子どもの頃、櫛は拾うなと母に叱られた。不潔だからではなく苦労を拾うからと。また母はそういう意味で骨董品も嫌っていた。ところが、私は大好きになった。昔の職人の物は素材も質もいいし、出来も確かで、手作りのよさ、温もりを感じられる。確かに手鏡や鏡の付いた小さな化粧台とか古い小道具や家具には以前の使用者の怨念みたいのが残っているような気がする。

 次のような経験もある。長い間、骨董店で売れ残って埃を被っていたような古物でも、ある日、珍しくお客さんが値段を訊く。その日には買わずに帰るが、数日後、やはり欲しくてまた来店する。ところが、その時には、もう他の誰かが買ってしまった後とか。たまに同じようなことが繰り返し起こるらしい。

 ずっと動かなかった物が、ある時期、急に動き出す時は複数の人が同時に動いている。最初の人の欲しいと想う気持ちが、物にうつり、次に来た人がそれを感じ取って購入するらしい。残留思念というそうだ。

 私にも数回あった。簡単に書くが、そのうち二回は買う段になって目の前で先約が現れて品物を持ち去っていった。
 新婚当時の冷蔵庫は、店内で椅子に腰かけて配達先を書こうとしたら、若い女性が現れた。骨董市の医療箪笥の時は、一度声を掛けて購入希望の意志を示してから、他の接客の邪魔をしないように長い間、大人しく順番待ちをしていると、若い女性が割り込んできて店主に声を掛けたので、その女性に順番を待っていると告げた。すると店主に実は彼女が先約だと言われた。いずれも後に各々の店で同等品を見つけてきてくれたけれど。

 伊豆高原の天使巡礼天使堂の二階の天使のいる回廊に常設展示しているレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模写したミニアチュールのKPMの陶板画もそう。

 東京ドームのアンティーク・フェアでビーナスとエロスを見つけたが高価な割に魅力はなかった。感動するほど淡く柔らかな輝きを放つKPMを見つけたが、目的の図柄ではないし、二百万円もしたから目に焼き付けるだけになった。会場を一周してから戻ったら、掛けてあったビーナスとエロスが壁から消えていた。ふとガラスのショーケースに目をやるとその上に置いてあった。傍らで中年夫婦がカードを切っていた。
 東京ドームのアンティーク・フェアには、マリア様の陶板画を捜しに来ていたのだが、結局、見つからなかった。

 それで、前日、平和島の骨董市で見つけた「最後の晩餐」を模写したKPMを買うことに決心し、平和島に向かうことにして最短経路を考えた。手元に軍資金がなかった。浜松町の銀行で急いでおろして、モノレールに飛び乗った。なぜかとても焦っていた。下車して駅から会場まで走った。

 その出店にはまだ有った。ほっとして、前日より更に二万円ディスカウントしてもらう心づもりで、息を落ち着かせながら、再度、ルーペで細かな傷の有無をチェックしていたら、「あ~売れてしまった!」と私より年配の男性の溜息が聞こえた。その人は近くの銀行で現金をおろして戻ってきて同じ陶板画を買うつもりでいた。私は店主に昨日から予約していたことを彼に聞こえるように確認し、優先権があることをアピールして、手にした陶板を放さなかった。

 彼は二万円安い方のエミール・ガレのガラス工芸にしようか迷っていたらしく、そちらを買うと言って諦めた。競争相手を目前にしてディスカウント交渉はできなかったけれど、彼は自分が買うのは値が下がっても、そのKPMの陶板はきっと価値が上がると誉めてくれた。

ちなみに K.P.M.とは、KoniglichePorzellan-ManufakturBerlin(ベルリン王立磁器製陶所)の略です。



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2011年12月27日

縁起ばかり担いでないで闘え!


縁起ばかり担いでないで闘え!


Jabberwocky

『ジャバウォック (jabberwock) 』
ジョン・テニエル(John Tenniel,1820-1914)
木口木版

ジャバウォックは、 ルイス・キャロル
(Lewis Carroll,1832-1898)
の童話『不思議の国のアリス』(1866)
の作中詩「ジャバウォックの詩」に
登場する正体不明の怪物



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2011年12月02日

一日に電車の​中で幾つ見かけましたか?

ロザリオ、十字架、不思議のメダイ(聖母)、十字架付き王冠(クラウン)、​(天使の)翼※羽根は除く、髑髏(頭蓋骨)※海賊のは除く、天使​(エンゼル)、ホタテ貝、以上、どれでもよいので、一日に電車の​中で幾つ視界に入りましたか?

どこの路線かも含めて、誰か教えて​ください。

たくさん見かける人は、自分の眼前や隣合せた場合など次の条件に該当するものに限定してみてください。

・ホームで電車を待っている時、自分の前を通り過ぎる。
・電車の乗降時にちょうどドアですれ違う。
・車内の座った席の隣、眼前かその隣、真向いの座席の人かその隣の人など。

ご質問はコメント欄にしてください。
 
ちなみに今、私の気になるアイテムは、仮面、カーテン、柘榴色のテディベ​アです。

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2011年11月17日

「展示会のシビアな話」 ※Facebookノート2011/11/16から転載

 「展示会のシビアな話(Facebook ノート作成: 門番 追夢人 日時: 2011年11月16日 21:14)」の全文とコメントを転載しました。

 なお、コメントの日時は省略、コメントして頂いた方のお名前はアルファベット文字で略記し、門番 追夢人からの返信をわかりやすくするため、一部、コメント者名の略記を付け加え、コメント者のコメントの順番を変更しました。


「展示会のシビアな話」

 絵が好きだし、「美術館」も開館してるので、一般の人より絵画を購入する機会は多いと思う。ただし、軍資金が常に乏しいから、少額の小さな作品がほとんどだけれど。
 たまにコレクターと言われたりすると身が竦む。画家さんの代表作というか大作はおろか、標準?サイズにさえ手が届かない。若手やほとんど無名の小さな良品を目敏く見つけて、コソッとお迎えしている。
 いつも内心、恐れているのは、私なんぞに作品を買われて、画家さんはさぞがっかりされてやいないか?ということ。著名な文筆家や有名なコレクターに買われた方が画家さんにとって誇りになるだろうから。
 個展やグループ展で高額な作品が売れてたりすると、どんな人の手に渡ったのか?つい画廊主に訊いてしまったりしたこともあった。
 そんな劣等感を持っているから、それをも吹き飛ばしてくれるほどの魅惑的な、ちょっと無理をすれば手の届く作品に出逢うと後先考えず衝動買した後で、少し反省して自問自答したりする。

 駆出しの若手からもう有名な画家さんまで参加している、あるグループ展で、有名作家の高額であろう作品に早くも売約シールが貼られていた。それで会場にいらした、その関係者らしき人に訊いたら、見ず知らずの人に買われたくないから、そうしていると教えられた。私は悲しくも納得した。
 でも、それは察しているから、せめて、最初から非売と表示して欲しいと思った。シビアな話を聞いてしまった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

【コメント】

TK: 先日、イラスト主体のギャラリーで結構名の知れたイラス​トレーターの方が「最近の若い人は気に入ると、わりと気​軽に作品を買ってくれるんですよね」と嬉しそうに話して​ました。ですから作家さんによるのかもしれませんよ(^​^)

門番 追夢人: TK様へ 
 コメントありがとうございます。
 作家さんによるのは、もちろんそれは解っています。
 すみません。せっかく慰めてくださったのにお気を悪くさ​れるかも知れませんが、私の性分で書かせていただきます​ね。
 販売している以上、売れないよりは売れた方がよいでしょ​う。でも命を削って手放したくないほど想い入れて絵にこ​だわりをもって描く作家さんの絵が好みなのです。だから​こそどんな小さな廉価な作品にさえ私の劣等感は頂点を迎​えたりするのです。現存作家の絵画購入は、量産品の商品​と異なると経験的に理解しています。

TK: そうでしたか。大変失礼致しました。

門番 追夢人: TK様へ
 とんでもありません。今後ともどうぞよろしくお願い致し​ます。


AK: 売れる=評価だと思ってます。売れる事が嬉しくないとい​うのは嘘でしょう。買手を選ぶ、、とんでもないことです​。たぶん、見栄ですね。画廊にしても迷惑なお話です、、​いろいろ他にもあるのですけど、、、少しどうかと思うこ​とが多いです。非売作品を出品する画家に問題があります​ね。

門番 追夢人: AK様へ
 こうあるべしというか、こうあって欲しいという視点から​のお話とは別に現実にはいろいろあるので、ケースバイケ​ースなのです。
 画家、画廊、購入者で、立場により重視する視点に微妙な​ズレもありそうです。もちろん各個人で感じ方、考え方も​異なるので更に解り難くなりそうです。
 また基本的に内容は同じでも、違いを取上げるか、共通項​を見出そうとするかで、一見、対立があるかの如く錯覚す​るように難しい話になりますけれど、大筋、仰る通りと思​います。それを前提にお話をさせていただきます。
 
「売れる=評価だと思ってます。」
 売れることは、一面的評価に過ぎないと思っています。売​れたこと(金額を含む)を過大評価するとマネーゲームの​トリックに陥る可能性があるので、慎重にならざるを得ま​せん。
 「売れる事が嬉しくないというのは嘘でしょう。」
 そりゃぁ販売する以上、売れて嬉しくないことはないでし​ょう。
 でも、例えば、見る目のない金持ちが印刷カレンダーを買​う様な感覚で贈答用に買ったとしても本心から嬉しいので​しょうか?表向きはどうあれ、嬉しくないという画家の方​が私は人間として信用できます。
 「買手を選ぶ、とんでもないことです。」
 ビジネスとしてはとんでもないことであっても、あり得る​話です。
 「画廊にしても迷惑なお話です」
 むしろ買手を選んでいるのは、画廊の方が多い印象を持っ​ています。
 「いろいろ他にもあるのですけど、、、少しどうかと思う​ことが多いです。」
 確かに今までそんなことの方が多い印象でした。
 「非売作品を出品する画家に問題がありますね。」
 ある企画画廊の個展用に描いた作品を他の老舗画廊が若手​画家から事前に買い上げてしまった話を聞いたことがあり​ます。企画画廊のオーナーは若手を叱っても、なぜ叱られ​るのか、その画家は理解できなかったと言っていました。​企画画廊は老舗画廊に抗議しましたが、タダで購入済みの​絵を貸すから問題ないだろうと言ってのけたそうです。そ​んなことは銀座界隈では日常茶飯事とか。企画画廊は売約​済みのその作品は展示しませんでした。売ることのできな​い作品は展示しないというポリシーを持っていたからです​。そしてその企画画廊はもうなくなってしまいましたけれ​ど。
 
 現実にはいかんともしがたいですが、少なくとも私は自分​なりの道を見つけながらこうありたいと想っています。

AK: 書いてる最中に前コメントが入っていました。おっしゃる​内容わかります。同じことを二度書かせてしまったようで​す。大変失礼いたしました。

門番 追夢人: AK様へ
 いえいえ、とんでもないです。
 コメント有難うございました。今後ともよろしくお願い致​します。


YM: その絵を欲しい、手元におきたいと思う方の所に行くのが​一番だと思っています。大事にしてもらえそうですし…

YM: 非売品もしくは売約済みの絵をそのまま展示(赤シール貼​ってある)していると、わかっているのに「この絵が欲し​い」と言うわがままなお客様がいるらしい…。

門番 追夢人: YM様へ
 大きく視点をお客様の問題に振るとは大胆というか、鋭い​ですね!
 我が儘なお客は論外ですけれど、私は購入者の立場から書​いてるつもりでした。
 お金を出せば他の商品と同じく買えるのですが、個展など​で画家と逢って頂く場合、ただ金を出せば客の立場で済ま​される世界ではない、作品は制作者の生々しさを背負って​いることを買う側に伝えたい、このノートから伝えられた​かはわかりませんが、と想い書きました。

YM: 制作者が何を背負っているか…そんなことは考えなくても​いいのでは?単純にその絵が好きかどうかで判断していい​のではないでしょうか?苦労話聞かされても…私なら、し​らける。面白い裏話なら、聞きたい。

門番 追夢人: YM様へ
ですからそれは性分の話で、どちらでもよいのですよ。理​屈ではなく、性格の話でもあるのです。しらけるのも、ケ​ースバイケース、画家も、購入者も、個人個人皆違います​。ただ、どちらかにころぶ組合せがあるかも知れないとい​うこと。それは作品にも表われてくる。見えている世界も​棲む世界も違っているのかも知れませんね。


HS: 作り手としては、どんな作品でも欲しいと言われればそれだけで嬉しい話です。わたしとしては、売りたくないなら趣味で制作・展示すればいい。売るなら仕事となるのだから、依頼品でもない限り誰に買われるなんて選ぶ方が間違っているような気がしますよ。

門番 追夢人: HS様へ
 コメントありがとうございます!
 仰られていることはその通り素朴で正論です。
 そうあるべく努力して頑張っておられる作り手の方々も​大勢いらっしゃるのは否定すべくもない事実です。

 私はここで、間違っているか否かをあまり問題にしたい​のではないのですよ。

 お金を払える人に対して仕事(ビジネス)という観点か​ら、誰に買ってもらうかを選ぶのは間違っていると断罪し​ても、今の私にはあまり意味を持たないのです。
世の中、一般に、グリーン車、指定席など価格や会員制な​どで客層は選別されていますから。

 また、自作の絵を売る絵描きは、被雇用者ではなく個人​事業主です。例えが悪いかもしれませんが、嫌なら余所の​店にお行きとお客に毒づく偏屈オヤジのつくるラーメンを​食べたくて長い行列ができている店を想像してみて下さい​。そのお客はそのラーメンを食べたいのです。
 ただ、そのやり方がよいと言いたい訳ではないし、誰で​もそんなやり方で商売できる訳ではないのですが、失敗す​れば売れないだけですから。
 そもそも自作の絵を売る絵描きの大半がまともな職業と​して成り立つほど日本社会は成熟してきませんでしたし、​今の景気は最悪です。絵描きの大多数は常に社会的に弱い​立場にあると思います。
 私がノートに書いた一例は、才能もあって成功している​画家の作品の置かれた市場の環境が、たまたま私の劣等感​のド真ん中を突き刺した極端なレアケースでしたが、「売​りたくないなら趣味で制作・展示すればいい。」というの​もまた極論です。
 正論をわかっていても多くの職業画家には、内心、でき​れば売りたくないと思っている部分が残っていても人情と​して私は極自然なことと想っているのです。

 むしろ、今までの大量消費的な商品あるいは投機対象の​如くビジネスライクに金さえあれば傍若無人に絵画を購入​してきた高目線の富裕層に、今でもパトロン的なその層だ​けに表向きは謙った画商スタイルが、一部の選別された有名​画家だけの売り絵を高額で供給してきて、景気が悪くなっ​たら今や縮小の憂き目にあって、海外の富裕層を期待する​市場の価値観でもあると思えるのです。絵画をただ消費し​て生活スタイルや日本の文化に取り込めない仕事?的な割​切型の価値観と私は距離を置きたいだけなのです。


OY: こんばんは。いい意味でいろいろ考えさせられました。
独身なので想像ですが。。。思い入れのある作品は自分の子供のようなもので、どこの誰か分からない人に喜んで子供を渡す人はいないのと同じことなのかな、と。だから逆に言えばもしも知らない方であっても、本当に絵を愛してくれる方であれば嬉しいような気がします。購入何年後かに「今も大事にしてますよ」と一言くださるような素敵な方に拾っていただけたら画家として本望だし幸せだろうな~。と勝手ににやにやさせていただきました。・・・でも実際はそんなに簡単な問題ではなさそうですね;

>>命を削って手放したくないほど想い入れて絵にこだわりをもって描く作家さんの絵が好み

すごくいい言葉ですね。はっとしました。私はまだ駆け出してもないただの自称作家ですが、次回以降の展示会では意識させていただきたいです。まとまっていない長文失礼しました。でしゃばりました。

門番 追夢人: OY様
 こんばんは♪ コメントありがとうございます!
 作者の込めた分身のようなアウラ(aura)に何年間もの永きに渡り向き合える人の耐性は並大抵ではありません。そういう意味ではむしろ画家が買い手を選ぶのでもなく、買い手が作品を選ぶのでもなく、作品が買い手を選ぶと言った方が適切かも知れませんね(笑)



tenshijunreitenshido at 13:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年11月03日

じんさんの耳に言魂するシンクロニシティ

じんさんの耳に言魂するシンクロニシティ

 追夢人のシンクロニシティに予期せずに係わられました皆さま、無断でネット上に実名をお出してお気持ちや感情、心配りなど繊細な配慮に欠けるところがあったことなど誠に申し訳ございません。なかには不愉快に思われている方もいらっしゃるかも知れませんが、特に他意はございません。どうかお許しください。
 一方、「いいね!」をくださいました皆さま、また予期せず係わられたのにもかかわらず、「いいね!」をくださいました皆さまほんとうにありがとうございます♪

 絵画に夢中になればなるほど、真剣になればなるほど、これだーっ!という感性に純粋に従って絵画に接すればするほど、シンクロニシティは本当に何か共通の方向に集約していきます。出会った画家さんや絵をお迎えした画家さんのほとんどと不思議な偶然の共時性がありました。それを共有認識できた画家さんも少なくありません。

 天使巡礼天使堂のブログのカテゴリーの「シンクロニシティ」のなかに記事として幾つか書いたりもしました。また六年間続けているブログでいただいたコメントのやりとりのなかにシンクロニシティの話題もいくつもありました。ただ、もっと沢山の具体例を挙げられるのですが、人との係わりが多いため、記事で公開するには大いにプライバシーに係わるので、積極的には書けませんでした。

 そもそも偶然に係わられた人たちとの位置付けや距離感がわかりません。記事にしてネット上に公開してよい大義も目的も特にありません。動機といえば、単にその不思議さにただ想い余って衝動に駈られて、つい書いてしまうことがたまにある程度です。なにしろ、特に貧弱な文章力で記事にするのに気力が持ち応えられませんでしたから。

 しかし、私のいう不思議な偶然の一致、シンクロニシティは、抽象的な理屈などではなく、実在する画家さんとの出会いが主体でした。差支えないところで話をすると、例えば、ある傾向をもったギャラリーや画廊に収斂されていくことです。具体的には、現在、私にとっての新しい発見でもあるのですが、京王線の初台駅の近くにある画廊 珈琲 Zaroff だったりします。つい最近、私の好きな画家さんたちが、新人から中堅?まで大勢集結しているのを知りました。主に画家さんからの案内はがきをいただいて、私は行くようになったに過ぎませんが。その後、ツイッターやブログで情報を追うようになっただけですけれど。

 例えば、天使巡礼天使堂が作品を所蔵している画家さんでいえば、近藤宗臣氏、案蘭さま、ニューフェースの寺田楓さまです。この三者の作品をお迎えしたのは、近藤氏の鉛筆画「吸血の眠り姫」は2009年十一月に銀座の青木画廊、安蘭さまのペン画「ナルシス」は2011年五月に銀座のヴァニラ画廊、寺田さまのアクリル画「芋虫」は2011年七月に横浜郊外の閑静な住宅地内にある民家のギャラリーでした。
 にもかかわらず、ここ半年以内にそこでのグループ展に参加されました。私が初めてZaroffの画廊に行ったのは、2011年七月、案内はがきをくださった近藤宗臣氏と安蘭さまが参加された同じグループ展「続・江戸川乱歩全集 Zaroff パノラマ展」からでした。その時の参加作家は、失礼ながら敬称を略させていただきますが、平面は、綺朔ちいこ、安蘭、岸田尚、古賀郁、近藤宗臣、永井健一、西川祥子、ひかり、古川沙織、百瀬靖子、立体はNoe, SONIC でした。
 更に驚いたのは、2011年八月に寺田楓さまが、そこでのグループ展「 魔法少女展」に参加されたことです。じんさんもみにいらしたそうです。

 また、今年2011年三月、震災で観に行けなかった、案蘭さまが参加されたそこでのグループ展が、九月上旬に再度、「大正展リバイバル 乙女の部屋~大正時代へのオマージュ展」として開催されました。お伺いしたら、お客様としていらしていたIIFAAの浅野信二氏が携帯電話にでるため、ちょうどカフェから道路に出ていらしたのでご挨拶したり、カフェの中にはIIFAAの古賀郁氏の姿も見え、二階の画廊で古賀氏から十月の個展の案内はがきを手渡しでいただいたりしました。ちなみに浅野信二氏の作品は、もう十年以上前から所蔵しており、五年前に始めた天使巡礼天使堂には現在、三作品を二つの展示室に常設展示しています。
 ツイッターでツイート(つぶやき)を追っていたりすると、寺田楓様も、画家 はやしすみこ様も画廊 珈琲 Zaroff で来年の2012年に個展を予定されているとか。

 因みに私のギャラリー巡りの始まりは、銀座では、最初は、十年くらい前から現在まで、付かず離れずといった感じで青木画廊とIFAAの数人の画家さんたちがコアとなっていたと想います。ほとんど行ってなかったけれど、ハンス・ベルメールに関心があったので、神保町のギャラリーかわまつに最初の頃に一回、そして最近になってから数回行きました。また初期には直ぐに小さな画廊が沢山入っている古めかしいビル(ビル名は知っています)に通い始めました。その後、一年くらいしてから、スパン・アートギャラリーと大好きだったギャラリー・二ケ(現在はありません)によく通ってました。渋谷では美羅樹(現在はありません)、ブンカムラギャラリーとか。あと銀座のヴァニラ画廊、そして数年前から渋谷のポスターハリスギャラリーとか、最近では青山のビリケンギャラリーとかをたまに覗いてました。それ以外は画家さんが個展やグループ展をするギャラリーなどいただいた案内はがきに応じて足を運んでいます。天使巡礼天使堂を始めた五年前くらいから、銀座のギャラリーSTAGE-1を始め、時間の許す限り幅広くギャラリー巡りをしています。

 ギャラリー巡りを始めた最初の頃、実はある嗜好に夢中になり過ぎて自分を見失いかけました。それを家族に止められ、禁止する約束を厳守させられ続け、泣く泣く封印した世界があります。その当時、封印するのも一つの方法だよという御言葉をじんさんからいただきました。なので、もう十年近く遠ざけてきましたから、現在は辛さは感じなくなっています。それで絵画とか、西洋アンティークなどに関心を集中させてきました。にも拘らず、エネルギーを傾けているだけで、否応なく封印した世界にシンクロしてしまいます。例えば、ヤン・シュヴァンク・マイエルの世界とか。

 ですから、上記に挙げてない、復刊した雑誌とか、それによく似た雑誌とご縁が深そうな新しくできたそうなギャラリーも、もしかして古いところなのかもしれませんが、その存在は知っています。ずっと行かずに我慢してきました。井の頭線の井の頭公園駅前にあった大正モダン?な喫茶(店名も知ってます)にもほとんど、まして渋谷でつい最近、幕を下ろした地下へは、その前身時代に何回か行ってましたけど、とうとう最後まで行きませんでした。仙台のギャラリーや横浜郊外の閑静な住宅地内の民家のギャラリーもできた頃から、いやもしかしたらその前、銀座の頃から知っていたかもしれません。

Lapismania XI Thema 「五月、机上の妄想」

 鉛筆派XI展「五月、机上の妄想」2011年


 では、なぜ、じんさんの耳なのか、これも十年近く前にシンクロ体験があったからです。

 ここ数日シンクロニシティに纏わる記事を書きつつ、各々の展示会の案内はがきの画像をアップしていましたら、そのなかでも、第11回 鉛筆派展 Lapismania XI Thema 「 五月、机上の妄想 」の案内はがきの図柄を見て、思い出したので、これもご縁かと想い書き留めることにした次第です。



tenshijunreitenshido at 21:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年11月01日

Facebook(11月)

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 アカウント登録していない皆様の為にFacebookで追夢人が書いた投稿を全てという訳ではありませんが、このブログ記事のコメント欄にコピーいたします。

 恐らく脈絡も、とりとめもない内容になるかと思いますが、ご興味をもっていただける方は、下方のComments(数字)をクリックして、覗いてみてください。


   天使のいる回廊 天使巡礼天使堂 @Facebook 門番 追夢人


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2011年10月17日

「森寛子 展」及び平成23年10月の開館は終了しました。

            ギャラリー
天使のいる回廊

天使巡礼 天使堂 @伊豆高原

「森 寛子 展」及び平成23年10月の開館は無事に終了しました。

これもひとえに皆さまのおかげです


森 寛子 展
ピェール・ドゥ・ロンサール
水彩画家 森寛子
透明水彩 2011.10


お忙しいなか脚をお運びご高覧くださいました皆さま

作品をお買い上げくださいました皆さま

薔薇をはじめいろいろ美しい花の作品を
展示くださった​水彩画家の森寛子さま

ほんとうにありがとうございました。

大切なお時間をいただき

楽しく有意義なひと時を過ごすことができました♪

心より御礼申し上げます。

Hiroko_Mori_Exhibition_5

Hiroko_Mori_Exhibition_4

Hiroko_Mori_Exhibition_3

Hiroko_Mori_Exhibition_1

Hiroko_Mori_Exhibition_2

Hiroko_Mori_Exhibition_6


次回の開館日はこのブログにてお知らせいたします。

またのご来館を心よりお待ちしております



なお、レンタルスペース(展示販売も可)は常時受け付けております。
お問合せは tenshi_jyunrei_tenshidou*yahoo.co.jp まで
 *を@に換えてメールしてください♪



最近、天使堂に新たに御目見えした展示作品!


天使のいる回廊 天使巡礼天使堂 @伊豆高原

〒413-0234
静岡県 伊東市 池 614-170 P・ソフィア

( 伊豆高原 南大室台 5-5 P.ソフィア )



tenshijunreitenshido at 14:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2011年10月03日

追夢人のギャラリー巡りのためのメモ 2011/10~

追夢人のギャラリー巡りのためのメモ

2011年10月~

コメント欄にメモしてます。( )の数字をクリックしてね!

誤りがあるかも知れませんので、ご参考の場合はご注意ください。


tenshijunreitenshido at 04:44|PermalinkComments(8)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote