備忘録
2012年02月26日 13:44
2012年01月22日 08:44
「ミクストメディア」という呼称は意味不明
例えば、日本画に金箔や銀箔を使ったら、積極的にアピール、説明するでしょう!
ところが、絵画で「ミクストメディア」とかいう呼称、何のことやら意味不明。何も説明してない。何の混ぜこぜ? 何を使ってるかわかったもんじゃない。説明しない動機は、自己の不利益になる時。黙秘権を行使していると考えた方がよい。
少し例えは異なるが、土地付住宅の不動産の販売広告に土地の形状の記載がないのは、まともな土地はないのと同じ。良いことは、それ自体に価値があるから、必ず広告に載せている。
アーチストが表現手段に選んだ描画技法を真面目に位置付けないのは、自信のない証拠といえよう。
何か後ろめたい歴史があるのかと勘ぐられると厭味を言いたいのではない。
受け手を馬鹿にしていることに早く気付かないと、受け手も見る目を養えないし、成長もできない。そんなことを続けていたら、絵画市場はいつまで経っても成熟することはないだろう。バブリーな高額絵画の売り上げだけが、絵画市場の成熟ではない。
※ 以下、YM様からのコメントとのやりとり
【YM】 複雑な工程を経て制作されている作品は、そのひとつひとつを文字にしにくいのです。最も簡単な表現がミクスドメディアになるのでしょう。質問があれば、誠実にお答えしているつもりですが…。
【追夢人】 YMさま いちいち質問しないと、主要な技法がわからない表示を手抜きといいたいのです。YMさまの作品をなぜジクレープリントに手彩色と表記しないのですか?
例えば、黄金背景テンペラとかいう古典技法もあります。支持体(基底材)とかいう、絵を何に描いているのか、キャンバスとか、絹とか、羊皮とか、紙でも和紙とか、厚紙とか、ダンボールとか、ボードでも板とか、シナべニアのパネルとかも、額装してたらわからないし。
【YM】 確かに… 木製パネルに基剤、ジクレープリントに油彩など記載出来ると思います。
【追夢人】 小さなキャプションに長々と表示はできないとしても、メイン技法は明確にして欲しいです。少なくとも、タイトル、作者名、主用技法、支持体、サイズ、制作年(月)、販売価格などは基本項目と考えています。
【YM】 何でしないんでしょう? ちょっと考えてみた…
やろうと思えばすぐ出来ることをしないのは、やりたくないからでは?いろいろ細かく説明しようとすれば、販売の方もそれなりに知識が必要ですし。
【追夢人】 そうです。怠慢。悪しき慣習に過ぎません。
憶測で恐縮ですが、デパート系の、美術の販売担当は、多種多様な絵画を扱っていても、だから逆に全ての知識の習得までは追いつけない。たとえ学芸員の資格や美術検定を持っていても。町田市立国際版画美術館の学芸員でさえ、木版画の担当に訊いても、銅版画の原板のコーティング剤のグランドの剥がし方は知らなかったし。
それに大先生や画伯に今更、書いたメモを付けてとは頼みずらいだろうし、いちいち訊いて確認するのは手間がかかる。まともに対応する意志のある、能力のある画家は何割いるのでしょうね。
ミクストメディアは新技法でしょうから、まだ確立されてないのもあり、範囲を調整するのは難しい。棚上げして、十把一絡げに「ミクストメディア」にぶち込んでおけば一応、説明の擬装、カッコはつく。何ですか?と訊かれたら、内心『何~?そんなことも知らないんですか!』と丁寧に微笑んで威圧してかわしてしまえってことなのです。
若い画家も、駆出しも、弱い立場で画商や企画画廊に依存していたり、任せきりで無関心でいるとそんな売らんかなが罷り通ってしまう。
説明のある中身の確かな絵なら買う側ももっと真剣になれたのに何だか良くわからない物には手を出しにくくなる。実は売れたかも知れないのにちょっとした簡単なことでさえ手を抜いて楽をしようとするから、売れる者ものも売れなくなる。お金を出す側はもっと真剣だと想いますよ。
画家も画廊や画商と対等に緊張関係を持ってチェックしあってほしいし、画家みずから表現手段に選んだ技法については、その長所や素晴しさや良さをもっと自信を持って、受け手に言葉でアピールしてほしいです。
ミクストメディアは新技法でしょうから、なかにはまだ描画技法が確立されてない作品もあり、範囲を調整するのは難しいかも知れませんが、制作者がキャプションで丁寧に説明しなければ、販売担当がわかる筈がありません。
現場で調整に迷うことが、実は蓄積となり、どうすれば適切か?という次の段階に進められるのです。作品の物量が多い接客現場での経験を画家にフィードバックしながら、みんなで考えるのも活性化のチャンスと想いますよ。
【YM】 ミクスドメディアという言葉は示す範囲が広すぎて、適切では無いかも知れませんね。例えば、ジェッソで下地を作り、その上に油彩…も厳密に言えば純粋な油彩ではありません。現代の科学基剤ジェッソを使用しているからです。化学合成品を少しでも使用すると、ミクスドメディアとなるのでしょうか?
【追夢人】 振り出しに戻らないで(笑)
ミクスドメディアに還元するのではなく、それはひとまず置いておいて、個別具体的な作品に使用した、主に描画を特徴づけている画材や技法は何かを一言でなくてよいから、幾つか挙げてくださいって、お願いしているだけです。もちろん詳細な説明書の添付があればなお結構ですけれど。
キャプションの基本項目として欲しいのは、タイトル、作者名、主用技法、支持体、サイズ、制作年(月)、販売価格など。
主用技法が、厳密な意味で純粋な油彩かを問題にしているのではなくて、それなら、「ジェッソ下地キャンバスに油彩」と記載すればよいではないですか?書いてあれば、知らない人でも関心を持てば、例えば「ジェッソ」って何?と理解を深めていくきっかけにもなると想うから。
【YM】 大まかな素材(キャンバス、木板、布、紙など)、基剤(ジェッソ、漆喰など)、描画剤(油彩、水彩、ジクレーなど)は記載されていてもいいかも知れませんね。それ以上興味があれば、質問していただいて…販売の方も、しっかり勉強しておかないと。
プロですから、ごまかすようなことは御法度です。
お客様の中には、作家以上に詳しい方もいらっしゃいます。ですから、作家が何故その方法を選択しているのか…その理由をしっかり説明出来ないと。うさんくさいと思われるのは本意ではありませんので。
大学や就職にコネで入るのは恥ずかしいことと思ってはいたが、いつ頃からだろう、あるものは何でも使えと思うようになったのは。何もなかった私の羨望を素直に認められるようになったのか、世の中そんなものだと諦めるようになったからか、いまさら覚えてもいない。
男性にもたまにいるけれど、女性の武器?を使って、世間を渡る人に対しては、アンビバレントな感情をいだく。凄い才能だと思う反面、嫌悪感はいまだに拭えない。
テレビに登場するお笑いタレントさんは、大変だと思う。どこまで守られているのか知らないけれど、プライベートまで曝け出して生き残りに必死だ。凡人には勤まらない凄い職業だと思う。その忍耐(なのかはわからないけれど)はある意味、尊敬に値する。
絵を売っている画家という職業はどうなのだろう。特に女性の画家は。本人にその気がなくても、お客は絵だけに興味を持つとは限らない。タレントなら芸能事務所に所属して、マネージャーもいるだろうけれど、信頼のある画廊を持たない駆け出し画家は特に気をつけた方がよいと思う。とくにFBでプライベートを披露していらっしゃる画家さんは。
2012年01月21日 00:44
2012年01月20日 16:44
知名度は必ず資本と結びついている。それは資本の力で知名度が上げられていることを意味する。そこには必ず知名度・マスメディア・資本の癒着構造がある。
販売目的の絵画でも例外ではない。
【マスメディア(Mass Media)は、新聞社・出版社・放送局など特定少数の発信者から、一方的かつ不特定多数の受け手へ向けての情報伝達手段となる新聞・雑誌・ラジオ放送・テレビ放送などのメディア(媒体)である。マスメディアにより実現される情報の伝達(コミュニケーション)が「マスコミュニケーション」である。】 ※ウィキペディアより
芸術文化って、これからもそうなの?
『日本のお金持ちにももっと芸術文化のパトロンになって欲しいものだ』
そうなの?
『戦前の日本でそれなりに文化が育ったのは、教養ある富裕層が「ノーブレス・オブリージュ」で上手なお金の使い方をしていたから。』
そうだったんだ!
で、今はそうでないの?
『戦後日本の税制は、多大な個人資産を持つことを許さないうえ、海外のように文化貢献や寄付を奨励する優遇策もないからだ。』
そうなの?
多大な個人資産を持つことを許して、文化貢献や寄付を奨励する優遇策をして、
日本のお金持ちにももっと芸術文化のパトロンになってもらおうって!
それって、貧富の差、格差社会の奨励? お金持ちの節税対策の優遇?
それで、日本のお金持ちを国策としてつるわけ?
芸術というか芸実、文化業界は喜びそうな気はするけど、
日本のお金持ちが、身分の安定策と節税が動機で、芸術文化のパトロンになりたがるわけ?
そうなの? お金持ちのみなさま!
それに日本のお金持ちにパトロンになってもらう、今後の芸術文化ってどんなん?
アーチストのみなさま!
2012年01月09日 13:44
アート作品が売れたことをもって評価されたという人がいる。
高く売れたら、それだけ評価も高いという。それも一つの評価には違いないが。
それでは、他の作家の、それより安い作品は、評価や価値が低いという訳か?
価格(値段)の高低は単純に比較できるから、わかりやすい。
アート作品の売買で値段が付けられ、売約されて実績は残る。どの作家の作品がいくらで売れたか、作家の売上高が、アート市場での市場価値ということはできる。
それは、画商などバイヤーや投資家あるいは投機家にとって、もしくは画家にとっては、その収益性という意味で重要だろう。
しかし、市場価値だけが、アート作品の評価の基準なのか?他にはないのか?
市場価値は、通常、マス・メディアと連動している。
マス・メディアに頻繁に取上げられれば、知名度が上がる可能性は高まる。また、知名度の高い作家の作品は、マス・メディアに取り上げられ易い好循環も生まれる。
市場での販売価格、マス・メディアでの露見、知名度、集客力、宣伝効果、などなど高評価を得る。
知名度が高ければ、画商あるいは美術館などにとっては、集客力があって都合がよい。宣伝広告が効果的で、経費を無駄にかけずに済む。
画商は値段が高くても楽に売れるし、美術館は高額で収蔵しても借りても集客で利益が出る。
だから、作品が優れているのか?くどいようだが、それは市場価値に過ぎない。
高額な作品または知名度のある作品、イコール優れた作品ではない。
誰にとっての高評価なのか?本末転倒のトリックに騙されてはいけない。
アート作品に限らないことだが、高額、イコール価値があるといえるほど単純ではない。
独自の価値観をもってない人は、市場価値を受け入れることになるだろう。
あるいは購入者独自の価値観による作品評価とその購入目的(動機)から、作品の価格(市場価値による評価)との均衡を考えないで購入する人は経済感覚にも無頓着な人くらいだろう。
一個人で高額な作品を購入する場合は特によく考えよう。購入する動機や目的を。
2012年01月08日 04:44
前回、「アート作品の評価とは」で、作品の市場価値について触れた。
画商の立場では、収益性の観点から販売価格が高額の作品の評価は高い。
しかし、仕入れ面では逆に廉価でなければ収益性は低くなるから、高額作品は負(マイナス)の性格も帯びている。
それはまたアート作品を鑑賞して楽しもうと購入する人達にも同様にあてはまり、高額な価格はマイナス要因である。
では、高額作品を好ましいと考えるのは誰か?
それは既に作品をたくさん所有しているコレクター、在庫(作品)を抱えている画商(美術館)、債権として押さえている銀行、あるいはアーティストまたはその遺族、そして販売広告そのものが収入源のマス・メディアである。
アート作品の価格が高額で話題になるのは、市場で販売する時または手放す時であって、消してアート作品を鑑賞する時ではない。
鑑賞目的でこれから購入を検討する時はそのことを加味した方がよい。
2011年12月31日 16:44
作品には、製品とは違う何か、を感じさせる。 大切にしたいとう気持になる何か、または、粗末には扱えないと思わせる何かを秘めている。ある意味、怖いし、悩ましいものもある。
私の大のお気に入りの小品をある画家さんに近くでお見せしようと手渡そうとしたら、少し心霊経験のあるその画家さんは触りたくないと仰った。そうさせる何か。
その小品の制作者は「絵はどうしても時間がかかるから体温がうつりやすい。」と言っていた。
迷信じみた話になるけれど、子どもの頃、櫛は拾うなと母に叱られた。不潔だからではなく苦労を拾うからと。また母はそういう意味で骨董品も嫌っていた。ところが、私は大好きになった。昔の職人の物は素材も質もいいし、出来も確かで、手作りのよさ、温もりを感じられる。確かに手鏡や鏡の付いた小さな化粧台とか古い小道具や家具には以前の使用者の怨念みたいのが残っているような気がする。
次のような経験もある。長い間、骨董店で売れ残って埃を被っていたような古物でも、ある日、珍しくお客さんが値段を訊く。その日には買わずに帰るが、数日後、やはり欲しくてまた来店する。ところが、その時には、もう他の誰かが買ってしまった後とか。たまに同じようなことが繰り返し起こるらしい。
ずっと動かなかった物が、ある時期、急に動き出す時は複数の人が同時に動いている。最初の人の欲しいと想う気持ちが、物にうつり、次に来た人がそれを感じ取って購入するらしい。残留思念というそうだ。
私にも数回あった。簡単に書くが、そのうち二回は買う段になって目の前で先約が現れて品物を持ち去っていった。
新婚当時の冷蔵庫は、店内で椅子に腰かけて配達先を書こうとしたら、若い女性が現れた。骨董市の医療箪笥の時は、一度声を掛けて購入希望の意志を示してから、他の接客の邪魔をしないように長い間、大人しく順番待ちをしていると、若い女性が割り込んできて店主に声を掛けたので、その女性に順番を待っていると告げた。すると店主に実は彼女が先約だと言われた。いずれも後に各々の店で同等品を見つけてきてくれたけれど。
伊豆高原の天使巡礼天使堂の二階の天使のいる回廊に常設展示しているレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模写したミニアチュールのKPMの陶板画もそう。
東京ドームのアンティーク・フェアでビーナスとエロスを見つけたが高価な割に魅力はなかった。感動するほど淡く柔らかな輝きを放つKPMを見つけたが、目的の図柄ではないし、二百万円もしたから目に焼き付けるだけになった。会場を一周してから戻ったら、掛けてあったビーナスとエロスが壁から消えていた。ふとガラスのショーケースに目をやるとその上に置いてあった。傍らで中年夫婦がカードを切っていた。
東京ドームのアンティーク・フェアには、マリア様の陶板画を捜しに来ていたのだが、結局、見つからなかった。
それで、前日、平和島の骨董市で見つけた「最後の晩餐」を模写したKPMを買うことに決心し、平和島に向かうことにして最短経路を考えた。手元に軍資金がなかった。浜松町の銀行で急いでおろして、モノレールに飛び乗った。なぜかとても焦っていた。下車して駅から会場まで走った。
その出店にはまだ有った。ほっとして、前日より更に二万円ディスカウントしてもらう心づもりで、息を落ち着かせながら、再度、ルーペで細かな傷の有無をチェックしていたら、「あ~売れてしまった!」と私より年配の男性の溜息が聞こえた。その人は近くの銀行で現金をおろして戻ってきて同じ陶板画を買うつもりでいた。私は店主に昨日から予約していたことを彼に聞こえるように確認し、優先権があることをアピールして、手にした陶板を放さなかった。
彼は二万円安い方のエミール・ガレのガラス工芸にしようか迷っていたらしく、そちらを買うと言って諦めた。競争相手を目前にしてディスカウント交渉はできなかったけれど、彼は自分が買うのは値が下がっても、そのKPMの陶板はきっと価値が上がると誉めてくれた。
ちなみに K.P.M.とは、KoniglichePorzellan-ManufakturBerlin(ベルリン王立磁器製陶所)の略です。
2011年12月27日 09:44
2011年12月02日 10:44
どこの路線かも含めて、誰か教えてください。
たくさん見かける人は、自分の眼前や隣合せた場合など次の条件に該当するものに限定してみてください。
・ホームで電車を待っている時、自分の前を通り過ぎる。
・電車の乗降時にちょうどドアですれ違う。
・車内の座った席の隣、眼前かその隣、真向いの座席の人かその隣の人など。
ご質問はコメント欄にしてください。
ちなみに今、私の気になるアイテムは、仮面、カーテン、柘榴色のテディベアです。