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2010年07月04日

門番 追夢人(tsuimuto)は twitter にはまってしまいました!


追夢人(ついむと)は、ツイッターにはまっています!

公式 twitter は、こちらです。

http://twitter.com/tsuimuto

twitter は1ツイート140文字以内という制限がある
ので、1ツイートでは話が終ってない場合が多いです。


ここでは、追夢人のつぶやき(ツイート)というよりも、
他の人の貴重なご意見の転載(リツイート)が多いです。

リツイートとは、

他の人のツイートを追夢人の twitter に複写したものです。
@名前をクリックすると、その人の twitter へいけます。

内容の是非、賛否などをご判断するときは、その人の
元のツイートの文脈に戻って、その前後を確認してください。

リツイートのみのご判断は、
元の文脈の意図を取り違える恐れがあることにご注意ください。




ちなみに

追夢人(ついむと)のつぶやきを中心にご関心をお持ちくださる方は、

読みやすい、twilog をご覧ください。

http://twilog.org/tsuimuto

他の人のリツイートの多くが除かれて表示されています。




ご参考までに アート全般について

熱く議論しているツイートをご紹介します。

追夢人(ついむと)もたまに参加したりしてます。

http://hashtagsjp.appspot.com/tag/isArtOrNot



tenshijunreitenshido at 05:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

2010年06月15日

門番 追夢人(tsuimuto)もtwitterで、つぶやいてみました。  

門番 追夢人(tsuimuto)もtwitterで、つぶやいてみました。


※下に行くほど古いです。深読み厳禁(笑)


絵画はもっと季節ごとに掛け替えたりして、切り花のようにカジュアルに日常で楽しめればよいと想う。でも絵画は消耗品や備品というよりは、もっと永くつき合える大切な愛用品であってほしい。


その卵からは天使が羽化したら、今時の絵描きさんはみんな白けるんだろうな(..;


絵のコンセプトは、「嫌々描こうが、愉しんで描こうが出るときは出るもんでしょ。」コロンブスの卵みたいに!


滅んだ文明の美と現代人の美の同一性はありうると仮定して、同定の理由や根拠、推理の筋道などを明らかにして判断が正しいことを明らかにすることはできても、それが真実かどうかは判らない。信用するのも参考に留めるのも自由だけど。


人は美を創造したり発見して、主導権争いのように他人にも認めさせて共有化してきた経緯はなかったか?その美に普遍性とか、真理とかをあてはめて、「美は人類に先だってすでに存在していた」とする学説や思想(イデオロギー)の学派がいるのではないのか?凄い大雑把な憶測ですけど。


簡単に書くと、美は人類に先だって関係なくありうると大前提として想定しておくか、人が発見なり創造した美を主導権争いのように他人にも認めさせて共有化すると狭義に定義していくか、ってことかな?何、簡単になってない?(..;


今、目の前に実在して見えるアート作品は色や形がある。私には美しくもあり、醜くもあるという印象だ。不快の要素も少しは含まれている作品が私の好みだ。不快があるから、私好みの快感をいっそう渇望させてくれるのかもしれない。人類と係りなく美がありうるとしても私に係らなければ何の意味もない。


美とはそもそも人類より先にあったとか、人類と係りなくあると信じているのですか?そうだとしたら、美は物体としてありうるのですか?物体でないにしても、人が美(に近いもの)を認識できるとしたら、例えば星空とか自然界に発見したり、絵や彫刻や音楽や詩などアートに表現したりということですか?


あなたが仰る美とは、あなたが感じたり意識なりする美であって、あなたが死んでいなくなれば、その美もなくなってしまうのですか?幸い私もあなたと同じ美を感じたり意識しています。だからあなたが死んでも、その美は私にあり続けます。しかし、人類が滅んだら、いったいその美はどうなるのでしょう?


目の前に実在して見えるアート作品について、私は美しいというのにあなたは美しくないという。その作品には美がないだけで、他のアート作品には美があるのですか?それとも目に見える物には美を認めないのですか?まさか美とは目に見えない何かというのですか?でもあなたにも美はありうるのですね?


アート作品は作家以外の第三者を前提にしているはずだ。何かを制作して、誰の目にも触れさせないものをアート作品と呼ぶのでしょうか?


作品の良し悪しって、単純化しちゃうと、一人でも良いと想えば良い作品、悪いと思えば悪い作品。ひとりひとりが判断すれば済む。それで納得できなければ、また自信なければ、自分の判断を公にして同じ仲間を探すしかない。


ひとつ言えることは、作家がよいとおもって作品をつくらなければ、アートは始まらない。


作品の良し悪しを決めるのは批評家?コレクター?画商?作家????難しぃー!この問のたて方って適切なの?分らないけど(..;誰が決めてもいいのでは。皆に支持されるかどうか?では多数ならいいのか?判らん。良い作品が後世に残るとは限らんが、そうでないのは残らないのではないか。


アンティークの油絵で昼、部屋が明るいと真っ黒で丸い月の他は何が描いてあるのか判らない。夜、薄灯りの下で、虹彩が開いて薄暗さに目がなれると、港に停泊した帆船の小さな窓の灯や対岸の灯の点々が山の中腹まで続いているのが見えてくる。こちらの岸では焚火をしていた。月と裸火で描いた絵らしい。


十年近く前、立体作品の若い作家さんから、借りたギャラリーの照明や壁の色まで計算して、作品を制作して展示したと教えてもらって凄いと想った。数年後、あるギャラリーで買ってきた絵を飾ったけれど、家の照明では絵の色調が暗くて何を描いてあるのか判りずらい。ギャラリーの照明は凄く明るかった。


@jellyfish お世話になっています♪それは仰る通りです。ハロゲンランプは展示品の照明用にスポットや広角に設計されていますね。私も美術に改めて関心を持った頃、真っ黒な壁の室内を更に暗くしてオブジェをスポットライトで際立たせた演出の強烈なインパクトを今も覚えています。


美術館の照明、ハロゲンランプはめちゃくちゃ熱くなるし電気をくう。調光器で明るさを変化させる照明には白熱球がよく、ハロゲンランプは向かない。あえて使用するとランプの寿命が短くなるそうだ。白熱球や蛍光灯の方が全体的に部屋が明るくなって、絵もみやすくて個人的には好きだ。LEDは未経験。


絵画をみていて好みの絵に魅かれる。好みとは関係なく、いい絵と想える絵もある。やたらと買えないから多くは好みの絵に偏った。しかし好みは変わることもある。それでもいい絵と想える絵を集めてきたつもりだ。だから飽きてしまうような絵は持ってない。また凄い絵に巡り逢うと好みの幅は増すものだ。


外国製の消臭スプレー。悪臭の98%を抑えることができるとうたっている。残り2%の臭いって何?いったい悪臭って何種類あるの?そもそも悪臭って、個人差ないの?抑えたい臭いが2%のなかに含まれていたら意味ないじゃん。


スタイルは気にならないのに、なぜ好みのお顔にそんなに執着するのか解らない。子孫を残すためには、カラスとコウモリがつがいにならないように遺伝子レベルで同じ種のDNAの異性を必要とするようプログラムされているのではないかと考えたら、そのあたりが原因かなと思い当たった。見当ちがいかな?


「チーズをかじったのは僕だ。歯型は全部この僕のだ!白ネズミに罪はない!」と黒ネズミが言い張った。現場を見てない猫にはわからない。猫はとっても腹ペコでネズミを一匹食えば満腹になる。二匹食ってもいいのだが、実はあのチーズは毒入りでかじったネズミなんか食ったりしたら毒にあたっちまう。


あなたが猫だとしたら、黒ネズミの言葉通りに受け取りますか?


人物画が好みなので天使とか聖母マリアとか聖女になった。日本の画家の絵で好きな絵も少女っぽいのに偏った。小品しか買えず結局お顔が命みたい。それで気づいたのは画家さんもお顔だけに依存し過ぎた絵も多い。例えばアンティークの肖像写真を使ったコラージュは気を付けないと作品の魅力でないかも。


「転売屋」について、投機目的でアート作品を仕入れて、即日または短期間にオークションなどで富裕層などに高額で転売し、利益を得ることだけを最優先している画商または個人投機家と理解しています。


売れっ子作家の小説やエッセイの新刊など直ぐに古本屋に並べられる。読み終えた本を大勢が売っている。なぜか購入した現存作家のアート作品を画商に幾らかの金銭を貰って引取って貰うのは気が引ける。止むを得ず立体を1点だけ知人に引取って貰った事があるけれど今も後ろめたさを拭えない。でもなぜ?


日本のバブル期(1986年末から約4年間)に安く買った土地を短期間に高く転売して土地の高騰を招いた土地転がしの様に、絵画等のアート作品を営利目的のみで仕入れ、バブルの様相を呈している国や地域のアートフェアやオークション等で富裕層に短期間に高額で転売することは合法的ではあるけれど…


絵画やアート作品の転売について、蒐集家が亡くなってその遺族が手放した作品を引取り新たな愛好家に転売する場合など画商の昔からの営利行為もあるのだから、転売のケースバイケースの具体的な説明もないまま非難めくのはいかがなものか。転売という言葉に単純に悪徳イメージが貼られそうな嫌な予感。


例えが悪いかもしれませんが、猫どうしのコミュニケーションにじゃれ合いがあるけれど、ライオンの牙と爪のじゃれ合いは猫にはたまりません。


言葉だけで伝えるには難しい事もある。百聞は一見にしかず。実物を見せれば理解も早くなるけれど、少なくとも双方に伝えよう理解しようという気持ちがなくては始まらぬ。ただ、その気持はあっても、選択したコミュニケーションの手段や方法に隔たりがある場合、その差異にもお互いの歩み寄りが必要だ。


連合いが若い頃、青空骨董市で瀬戸の小さな置物をよく買っていた。人形とか猫とかリスとか。傷あり欠けあり埃と手垢に塗れて汚ない。ガラクタが部屋に置いてあるのが嫌だった。何年我慢していたかもう忘れた。ある日、傍らの小物がなぜか愛らしく想えた。作った人の手先が見えた。温もり、心だった。


評論家や有資格者の専門家(例えばソムリエ、学芸員とかの鑑定者)に依存して、自らの判断、評価を放棄することに馴れ、それをステータスの証と錯覚する享受する側の弱体化させられた体質。またそれを助長する過剰なサービス(余計なお世話)社会のあり様。


どちらかというと作品全体からというよりも、アンティーク絵皿の手描きの花の筆跡とか、ブロンズの天使のお顔の彫の細やかさとか、エッチングの産毛のような流線の先とか、超微細なところから、人間味を感じたような気になって、制作者の人柄を勝手に想像(妄想?)して楽しんだりしています。変かな?


心をこめるって、つくっていて無心になれたとき。ものに籠る、のかな。


無心っていっても、たぶん無意識ではフル回転で思考しているんだと想う。


言葉尻を曲解した定義付けを行って、その定義を批判または否定し、相手がその定義で言葉を発したかのようにすり替えて、性急に議論を展開するのは乱暴すぎて付いていけない。


ある芸術作品を周りで大そう価値あるが如く大勢で後生大事に敬ってる。その価値を全面否定する気はないけれどマスメディアが取上げたからとそんな大騒ぎするほどでもないでしょう。同等の否それ以上の芸術作品が埋れている。見向きもされない作品がもっと身近にあるでしょう。自分の審美眼で探そうよ!


芸術作品の値段は正直わからない。大勢の人もよく判ってないのではないか?百貨店や画廊で油絵が50万円なら芸術性はともかく相場は分った気にもなる。話題の有名絵画がオークションで1億円で落札されれば絵画は高価と思い込む。資産価値や芸術価値ありと錯覚も起きる。高値だから買う成金も現れる。


周りの大多数が認めてくれなくても、理解がなくても、私はこれ(ある芸術作品)が好き。とっても心地よい。だから大好き。とことん好き。好きで好きでたまらない。だから皆にこれいいでしょ!♪って発信する。少数でもそれいいよね♪っていってくれる人がいると信じている。きっと何処かにいるはずだ。


ある種の定義付けをした芸術に皆で的を絞って創作活動してるんじゃなくて、いろんな人が芸術というものをそれぞれ創り出しているんだよね?芸術って、その総体としてあるんだよね?


美術館や公園などでアートを見る体験で多くの人の心には何かしらの印象が刻まれることでしょう。しかし、好きな作品を所有して個人の生活の中で日常的に接する体験と果たして同等なのでしょうか?その答は高価でなくても気に入ったアート作品を購入して数年、直に接してみれば自然と実感できると想う。


画家さんが描いた油絵が画廊で売れたら、画廊が絵の値段の約6割とるから画家さんには入るのは残りの4割とか。画廊はいろいろサポートするのだろうけれど、なんか画家さんがかわいそう。愛好者の買った油絵が5万円なら、愛好者:画廊:画家=5:3:2あってるかな?


現代アートはまさに竜巻。大きさと勢いが全て。短期間の動員力と話題性。あっという間に走り去って跡に残すのは残骸ですか?


舌の乾かぬうちに…故池田満寿夫さんなら一枚くらい買ってもよいぞ(笑)そんな高くないし。額付きで大きいのでも十万円未満でこの前あった。すぐ売れてしまってもう無いけれど。ただし、3億円当たったとして、よさそうなのに巡り逢えたら考えてみる。でも、たぶん今はもう私が欲しい版画ではないよ。


ドリームジャンボ宝くじ十枚買うくらいなら、日本の無名作家でもクオリティの非常に高い銅版画の蔵書票が1枚買えるぞ!でも宝くじ買うてもうた(__;でもバラで3枚しか買えんかった。いま小遣い無いんです。銅版画の作家の皆さんすみません。3億円当っても有名作家のだけは絶対買いませんから。

 



tenshijunreitenshido at 16:44|PermalinkComments(8)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Clip to Evernote

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このブログでは、ご紹介していないアートの展覧会情報も多々あり!

お見逃しなく(笑)

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2010年04月29日

twitter はじめました♪

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伊豆高原 【天使のいる回廊 天使巡礼 天使堂】 門番 追夢人



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